みゆき

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「美人だって言われませんか?」と尋ねてみた。彼女は笑い声をあげ、「ありがとうございます。でも、特に言われたことはないかな」と答えた。口ではそう言っていたけれど、まんざらでもない様子だった。 ナンパは営業みたいなもので、声をかけるくらいならバカでもできる。 そこから先が問題なんだ、まるめこめるかどうかが。 「ひょっとしてこの辺りに住んでるんですか?」 「ん? ぜんぜん違うところです」 待ち合わせか何かですか? と聞くと、彼女は「これから幼稚園に娘を迎えに行くところなんです」と、やわらかく仄めかすような口調で答えた。 「なんだ、結婚してるんだ」 僕が言うと、彼女はクスクスと笑った。でも、人妻だからって、僕はちっとも気にならない。むしろ、ますます魅力を感じてしまうんだ。 まだ昼過ぎだったし、内心の動揺を悟られないように、僕はめげずに「お茶でもどうですか?」と食い下がった。 彼女は「今してたところなんです」と笑った。 「違う店で……」僕が言いかけると、彼女はきちんとした声で「これから本当に娘を迎えに行かなきゃいけないので」と言い、優しく微笑んで立ち上がり、お金を払って店を出ていった。 こんなところに残されたらたまったもんじゃない。僕は泣きそうになりながら、転びそうになって彼女を追いかけた。彼女はちらっと後ろを振り返りながら通りを歩いていく。僕も一生懸命追いかけて話しかけてみたが、ある程度のところで溜息をついて、肩を落として追うのをやめた。 あのころは、頭の中がいつも女のことでいっぱいだった。けれども、女性に関して僕の人生に何かが起こることはなかった。 どこにいても、何をしていても寂しく、なんだかつまらなかった。いつも孤独を感じ、死と未知の希望の間で葛藤し、諦めと欲望が入り混じっていた。そして、他人が書いた物語ではなく、自分自身の物語を探していた。現実から離れた物語ではなく、自己の内面的な要素に基づく物語を。
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