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俺の身体が、風になった。
先程までの倦怠感、吐き気、骨にヒビが入った痛みは綺麗さっぱりなくなった。身体中から血が滾る。戦えと俺の意思に語りかける。ありったけの憎しみと殺意を込めて、剣を振るえと誰かが言った。
「叢雲・桜舞」
何かに舞うように、自分だけの時間が止まったように、波風が凪るように、自然と身体が動く。何かに導かれるように。満月が照らす月の夜に、季節外れの花弁が舞った。
「フゥ……」
不思議と心は落ち着いてる。体育館を背に、切り刻まれる音が耳に入った。血が吹き出す音、己が殺ったのだと理解していたが、一瞬のような出来事で頭が理解して無かった。だけど、身体だけは理解した。
「すまねぇ……皆……」
謝っても、アイツ等は戻って来ねぇ。
一瞬の油断で、何人も死んだ。
後藤先生。
チビ共。
楽しかった学校はもう無い。
だから、俺は身体に身を任せ、町中の化け物共を狩りに回った。誰か一人でも、生きててくれと、誰か一人でも良いから守りたかった。1時間ほどだろうか……町中を駆け回ったが、誰一人として生きてる人間はいなかった。
「クソッ……クソォォォッ!」
……いや、まだいる!
母ちゃんだ!母ちゃんは、どうなってんだ!母ちゃんはまだ神社に居る!早く行かないと!
たった一人の母親まで失うのか?
ダメだ……
守れ
守らねば!
そう思うと、脚に力が入る。常人離れした脚力で、スピードで、建物を飛び越え神社に向かった。普段なら、歩いて30分はかかるけど、この時ばかりはそれよりも早く着いたと思う。この瞬間からだ。俺の力が、解き放たれようとしているのは……後もう一個、後もう一個の枷が外れようとしている。
「母ちゃん!」
石段を飛び越え、神社に戻ると、倒れてる化け物と、息を荒くさせ、腹から血を流しながら、賽銭箱に持たれかかる母ちゃんが居た。良かった、生きてた!
「尊……皆は?」
「……ダメだった……誰一人として……」
「そうなの、ね……何で、こうなったのかしらね……」
「喋るな母ちゃん!待ってろ、今包帯とか、薬持ってくるから!」
家の中の救急箱を取りに行こうとすると、何故か母ちゃんに袖を掴まれた。
「尊……母ちゃん、タバコ……欲しい、かな……」
血を吐きながら、何時もの優しい笑顔で母ちゃんは言った。腹から出る血は増すばかりだ。……辞めてくれよ母ちゃん、何で……諦めるんだよ……何でだよ……
俺は下唇を噛み締めながら、母ちゃんの部屋にあるタバコを持ってきた。一本取り出し、咥えさせてやると、最後の力を振り絞るように、人差し指から炎を出して、煙を吐き出す。
「母ちゃん!何で、何でこんなことに……」
「どうだろうね……」
「何が、いけなかったんだ……」
「母ちゃんね、嬉しかったんだ。尊が、神社を継いでくれるって言った時……」
「あぁ、継いでやるよ!世界一の神社にしてやる!だから!な?母ちゃんも、ちゃんと生きてくれよ!」
「大人にならないとね……尊……。」
「全てを、受け入れなさい……」
咥えていたタバコが地面に落ちる、優しかった笑顔も消え、今はただ安らかに眠った。
何もかも失った。
俺の背中から、とても大きな影が登る。今まで狩って来た奴らとは明らかに違う。強くて、大きい奴、それでいて凶暴。
この負の感情をぶつけるには丁度いい。
俺は母ちゃんの落としたタバコを咥えて、煙を吐き出す。
「落ち着けよ化け物、今相手してやる。……お前も、ぶっ壊してやる!」
大きな化け物に俺は立ち向かった。大きさは軽く5メートルは超えてる。あの大きな四肢から繰り出される衝撃をくらったら一発で終わりだ。だけど、自分の危険や命はかなぐり捨て、コイツを殺したい。
「死ねッ!」
跳躍し、化け物の目を斬り裂く。大きな悲鳴と共に、両目を抑えて、四肢をぶんっ回す。危ねぇ、ギリギリで避けながら、何とか化け物の懐に入り込み、足の腱を斬る。すると、膝から倒れ込み、化け物は四つん這いになった。
「終わりだ!」
横に回って、打首のように剣を振り下ろそうとした瞬間、俺の腹部が何かを貫いた。その何かは、化け物の背中から伸びた触手のようなものだった。いや、構うものか、コイツの首を切り落とせば!
ギロッ
目が合った。さっき斬ったのに、再生すんのかよ……コイツ……
鈍い衝撃が身体を走った。化け物のなぎ払いが俺の身体を直撃する。危惧してた通りになってしまった。縁側の方まで吹き飛ばされる。木造だからまだ助かったけど、コンクリートだったら絶対に死んでた。……
「……ゴフッ……」
血が吹き出る、身体中が痛い。それよりも、もっと激しい痛みが、右腕に走った。ふと、目をやると、腕が無い。神社に吹き飛ばされた時、落ちて来た瓦礫や木材、ガラスで切り落とされたのだろうか……体育館で食らったのは激しい痛みだけだった、だが、今は明確に死を感じる。
地鳴らしにも聞こえる大きな足音は、瓦礫の山をかき分け姿を現した。さっきの奴だ……
「神話の血を引くものがどんなものかと聞いて観れば、所詮この程度か……」
コイツ、喋れるのかよ……
背中から生える触手が、翼のように見えた。悪魔、そんなものが存在するならコイツの事を言うんだろう……剣は……どこにいった……コイツを倒さなきゃ……
あれ?
何で俺……戦ってるんだ?
町の皆は全員食われた。
母ちゃんも死んだ。
……もう、戦わなくても良いじゃねぇかよ……
(大人にならないとね……尊……)
悪いけど母ちゃん、大人になる前に死んじまったわ……明日にも目が覚めれば、いつも通りの日常があるだろう。
(全てを受け入れなさい。)
……そっか、受け入れちまおう。どこか心の底で、こんなことはありえないと思ってた。これは夢だと思って否定してた。だって、化け物に殺されるなんて……夢じゃなきゃ嫌だ。……現実何だ、これが……コイツ等は、化け物だ。今、俺の目の前に存在する。そして、母ちゃんを殺して、町の人達を食った。
そして俺は、神の血を引く者だ。
「我の声も聞こえぬか……ならば死ねッ!」
化け物が拳を振り下ろす刹那、剣が俺の前に飛んで来た。
「な、何!?」
錆びた剣の刀身が光を放つ。俺は、ゆっくりと立ち上がり、左手で剣を握った。すると、錆びた剣は綺麗な神剣と姿を変え、剣を通して俺に力を与えてくれた。背中を誰かに押されたような、暖かい手の感触を感じた。
「ガァァァッ!?」
俺は化け物のコメカミに剣を突き刺し、そのまま押し返した。神社に戻ろうとした時よりも、もっと速い、風と言う表現じゃ収まりきれない。まるで、嵐。
「貴様ッ!どこにそんな力がっ!」
「俺にも分からねぇ……今は俺の心には、殺意も何も無い……ただ、成すべき事を成すだけだ。」
化け物は触手を出して応戦する。俺は大外を回るように旋回しながら避けて、背後に回る。翼のような触手を斬り落とそうと考え、二度、斬撃を振るった。
「グァァッ!貴様ァ!」
そしてそのまま肩に飛び乗り、首を跳ねた。終わったかと思い、距離を取りしばらく睨みつける。すると、胴体から顔が現れ、さっきよりも大量の触手が俺に襲いかかる。
「首を飛ばした程度で!我が死ぬと思うたか!」
「クソッ!」
触手を何本か斬り伏せるが、あまりの多さに腹部を斬られてしまう。絶え間なく来る触手の猛攻に防戦一方、そして力む度に腹から血が溢れる。一滴の俺の血が、綺麗な刀身にポタッと垂れた時、初めてこの剣握った地下の事を思い出す。
流れてくる記憶。
ある男が、八つ首の龍と戦ってる姿。その時、龍を酒で酔わせ、首を跳ねたあの動き。その動きを真似、長年一族に伝え、極めさせて来た技。
「フゥ……」
呼吸を整え、目を瞑る。自分はここにいないように感じる。傷ついた場所から溢れる血、自分の呼吸、そして……自分の内側に宿る神気
この時、俺は俺じゃなかった。
─────叢雲・天酒八連殲
「ん?……いくら我の体躯に傷をつけようと、我の身体は永遠に」
八の斬撃を浴びせるのと同時に、自身の神気を剣に宿す技。この技を食らった物は、龍に喰われる。
「 な、何だコレは!グァァァァァ!!」
剣から伸びた神気は龍となり、あの巨体を誇った化け物を食らった。
これで、終わったんだ。ふと、自身足元に目をやると、おびただしい大量の血。傷だらけの状態で、アレだけ激しく動いたのだ、自身の命と引き換えに、敵を屠った。……母ちゃん、いよいよ俺もそっち行くわ。
鳥居に身体を預けて、倒れ込む。壊れた町からかおる煙の臭い、自身の血で感じる鉄臭さ……
目の前に、女がやって来た。
「……やっぱり少し遅かったかな?どうしようも無いね。お、生き残りは君かな?どうやらまだ元気そうだ。」
「学園長、この者の左に。」
「ムラクモを持ってるとは……やはり、神話の血を引く一族が居ると言うのは、あながち間違ってないようだ。」
「どうしますか?どうやら、後数分もしないうちに死んでしまいますよ。」
「この惨状を見るに、町に蔓延った魔人や、ここの上位種を倒したのもこの子だろうね。とんでもないダイヤモンドを見つけたよ。……聞こえてないだろうけど、君を今から生き返らすよ。良かったね?これで、まだ戦えるよ!」
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