0人が本棚に入れています
本棚に追加
第一話「結果論」
「生き残りは君かな?どうやらまだ元気そうだ。」
白髪の美人が何かを語る。もう、何も聞こえやしない。人は死ぬ時、何かが見えるらしい。俺が見えてるのは一人の女だ。……なるほど、神様とやらは俺にこの女を抱けと言ってるのか?そうだろうな、流石に童貞のまま死ぬのはしのびないしな。焼けた煙の臭いに、鉄臭い血が混じる。ツンと鼻を刺激するこの臭いは、俺の身体から発してるのだ。右腕は切断された。腹からはみ出る臓物を出さまいと左手で抑えながら、俺はゆっくりと目を閉じた。佐野尊、15歳。……つい数時間前の思い出が、頭をよぎった。
「みこと……尊ッ!」
授業中、教室の机に突っ伏し気持ちよく寝てたら、後頭部に軽い衝撃が走る。心地よい夢を見てたのに、最悪だ。俺は頭を擦りながら、とある一人の男を睨みつける。
「痛てぇなクソゴリラ!殺すぞ!」
筋骨隆々、ゴリラのような顔面をした俺の担任、後藤先生。好物はバナナ、ゴリラが人間に寄せて進化したようや奴だ。
「誰がクソゴリラだ尊!後藤先生と呼ばんか!」
「……あんなぁ?この学校、中学生俺一人だろ?授業する必要あんのかよ?」
島根県のとある田舎町。学校は一つしかない。この学校には男女含めて34人通ってる。言っておくが、1クラス34人じゃない。小中一貫校で、全校生徒含めて34人。そして、中学生は俺一人だ。
「あるぞ!」
「理由は?」
「俺に聞くな!」
何でこのゴリラが教師に慣れたかわからん。ため息が出る、こんなのやってもしょうがねぇし、正直、俺は頭が良い。教科書をある程度見ればだいたい覚えるし、めちゃくちゃスポーツ万能。……自分で言うのも恥ずかしいが、顔もイケメンよりだ。
「尊、何故上京しなかった?」
「んなの決まってんだろ。……このド田舎が、大好きだからだよ。」
小学校の頃、コイツに言われた。お前は成績が良いから上京しろ。と、わざわざ母ちゃんにまで頭下げて言いに来た。俺の為を思っての事かもしんねぇけど、俺の担任は後藤先生、アンタだけだしな。
「……そうか。……さっ、授業はここまでだ。気をつけて帰るよう、てもうおらん!?」
さぁ、辛気臭い話しは辞めだ。チビ達寂しがってるだろうな、昨日約束してんだ。小学生のチビ達と遊ぶ約束がよ。
学校を飛び出し、通学路を右に曲がる。そして、駄菓子やのばあちゃんに愛想振りまいて10円ガム貰って、田圃道を真っ直ぐ進み、しばらく走って客船が見えたらもう海だ。砂浜に降りると、チビ達が浅瀬で遊んでいた。
「尊兄ちゃん!」
「よォ!チビ共!遊ぼうぜ。」
砂浜の上ではしゃぐこの時間が大好きだ。チビ達を海にぶん投げで、他愛も無く笑う時間が大好きだ。俺がここを離れたら、誰がこのチビ達の兄ちゃんやるんだよ。それに、畑仕事をしてるじっちゃんやばあちゃん達の手伝いは誰がやるんだよ。
──俺しかいねぇだろ。
遊んだ遊んだ〜!たく、学ランびちょ濡れじゃねぇかよ。とりあえず、アイツ等全員家に送ってから帰ったら、こんな時間になっちまった。
「ただいま母ちゃん。」
「もう、遅いわよ。」
美味そうなカレーの臭いがする。やっぱ家のカレーは最高に美味いんだよな。んで、ご飯大盛りにして、白飯が見えなくなるぐらいにルーかけまくるのが一番美味いんだよ。
「潮の臭い……アンタ、海で遊んで来たでしょ?」
玄関で靴下脱いでると、母ちゃんが言ってきた。母ちゃん、鼻って言うか、五感が鋭いから、だいたいどこで何をして来たかはバレる。
「先風呂入りな、母ちゃん飯の準備してるから。」
「おう。」
濡れた靴下をそのまま洗濯機にぶち込んで、学ランやシャツも一緒に入れてまとめて回した。あ、多分ポケットに砂入ってるかもだけど、怒られるのは明日の俺だしまぁ良いかと思い、そのまま湯船に浸かった。身体中の潮が取れていく、遊び疲れた筋肉をお湯がほぐしてくれる。あ〜気持ちいい……
「母ちゃんあがったわ。んな事より飯!」
「はいはい。」
タオルで髪を拭きながら、短パンと半袖に着替えて畳の上で食卓を囲む。俺の家は、地元に一個しか無い神社だから、祭りとか、休日とかは、暇を持て余したチビ共が遊びにやってくる。んで、母ちゃんはその神社の巫女。父ちゃんは俺が小さい時に亡くなった。だけどまぁ、あのクソゴリラが俺の親父代わりになってたから、何とかここまでグレずに育って来れた。後もう1つは、あのチビ共だろうな。子供の中で一番年上は俺だし、少子高齢化が進んで、このド田舎はじっちゃんやばぁちゃんばっかりだ。中学卒業すると、皆このド田舎を離れる。確かに都会に憧れはあるかもしんねぇけど、やっぱり俺は母ちゃんのカレー食えなくなるのは嫌だな。だから、俺はこの神社を継ぐ。
「母ちゃん、俺、神社継ぎてぇ。」
母ちゃんの手が止まった。カチャと、スプーンを手において、少しため息を漏らしながら俺を見つめた。
「高校は行かないの?」
「行ったって無ぇじゃん。ここに。」
「少し遠いけど、別の市にでも行けば高校はあるでしょ?ここから通うのは不勉強だから、全寮制とか?貴方は才能があるから、それを活かしても良いんじゃない?」
少し寂しそうに母ちゃんは語った。言いたい事は分かるけどよ、母ちゃん寂しい思いすんだろ?親不孝も何度かしたし、申し訳ない事はあるけどさ。やっぱり離れる事は考えられねぇな。
「……俺はさ、別にプロ野球選手とか、有名な学者になりたいわけじゃねぇんだよ。なれるけど。」
「アンタほんとそう言う所よね。」
「居たいんだよ、ここに。」
俺の身体能力や、才能の高さは、この町の皆が知ってる。スポーツをやれば何でもできたし、小学校の時に何となくでやった短距離で全国優勝もした。居間の中には、俺が気まぐれで取ったトロフィーが沢山あった。俺だって知ってる、自分の才能や、頭の良さも……だけど、それは気まぐれであって心から思ったものじゃない。
「……そう。……アンタがそう言うなら、母ちゃんは何も言わないけど……それよりアンタ……タバコ、吸ったでしょ?」
「やべっ!」
そして夕飯後に始まる鬼ごっこ。悪いけど母ちゃんには捕まらないぜ?
軽めのお遊びが終わった後、俺は自室で眠りについた。それからしばらくして、午後11時、充分遅い時間だ。母ちゃんは俺を起こしに来た。
「起きなさい、尊。」
「……ん?」
無理矢理起こされ、居間に手を引かれた。居間に置いてあったのは、神主服、神社の神主がつけるようなものだ。寝ぼける俺に、母ちゃんはまるで赤子に服を着させるように丁寧に服を着せた。しばらくして、着付けが終わった頃、俺の意識もようやく覚醒した。
「母ちゃん、急になんだよ?」
「良いから来なさい。」
それだけ言われて、俺は母ちゃんに着いて行った。なんと言うか、話しかけズラい雰囲気。俺はただ、母ちゃんの背中を追いかけることしかできない。母ちゃんが急に止まった。そこは母ちゃんの部屋だ、あんまり入った事無いから、部屋に何があるか良く分からねぇけど……母ちゃんはタンスを開けた。そこには、床にポツリと、四角いドアみたいなのがあった。母ちゃんがそこを開けると、地下に続く石段があった。家にこんなのがあると知ったのは、生まれて初めてだ。
「入りなさい。」
固唾を飲んで、恐る恐る石段を降りて行った。地下なだけあって、上とは明らか気温が違う。だが、不思議と怖い思いはしなかった。何か、神聖な物が、この先にある。母ちゃんが持つ懐中電灯で照らされた先には、真っ直ぐの廊下。
「ここは?」
「貴方に、佐野家の全てを教えてあげる。」
ギシギシ、廊下を歩く度に軋む音がする。雰囲気からして、明らか昔、ばっちゃんやじいちゃん達よりも、もっともっと昔……軽く100年は超えてる気がした。そして、母ちゃんが歩みを止めたその先には、扉があった。扉には、神社らしいような札が沢山散りばめ貼られた物が沢山あった。そして母ちゃんは、ブツブツ言いながら何かを唱えると、札は青色の炎で燃え散った。全ての札が燃え散った時には、10分ぐらいたっていた。俺は目の前で起こる超常的現象に驚きを隠せない。だって母ちゃんは札に触っていない。何かの手品かと思ったが、そんなのじゃない。……俺は今、神秘的な物に触れようとしている。そう思った。
「入りなさい。」
扉が勝手に開かれた。扉の先には、祭壇のような物があり、八つ首の龍のような石像に、一本の錆びた剣が突き刺さった。刀とは形状が違う、刀と言うよりかは……剣に近い代物だ。
「……天叢雲剣。」
「な、なんだそれ?」
「私達の祖先、かの須佐之男命が、八つ首龍を倒した後に手にしたとされる剣よ。」
母ちゃん、急にどうした?何を言ってるのかわかんねぇよ母ちゃん。俺は頭良いけど、そう言う非科学的なのはちとキチィぞ?
「……尊、良く聞きなさい。私達は、須佐之男命の血を引く一族なの。」
「悪い……分かりやすいように説明してくれ……」
「私達は、神様の血を引く一族なのよ。」
まだ俺は寝ぼけてるようだ。神様とか、剣とか、いきなり起こされてマジで何が何だかよく分からねぇ。
「貴方のその身体能力も、その頭脳も、神様の血を引いてるから故よ。貴方も分かってたでしょ?自分が明らかに他とは違うのが……努力せずとも結果が着いて来るその血を……貴方は生まれるべくして与えられたのよ。」
冷静になってよく話を聞いた。そして昔の思い出を蒸し返す。リレーの時も、野球の時も、サッカーの時も、一回見れば身体が追いついた。次にどうしたら良いか、何をしたら良いか、簡単に手に取るようにわかった。教科書の内容も、暇つぶしで読んだ分厚い本も、鮮明に記憶してる。生まれながら天才、そう思ってたが、生まれるべくして天才、だったとはな……
「そして、私がおこなったさっきの力も、貴方にできると言う事。」
「俺も、できるのかよ……」
「貴方にも、しっかりと神の血が宿ってるのよ。それと同時に、この世の理から外れた力も秘めている。……この剣は、我が佐野家が次たる当主に受け継いで来たものよ。……神主、なるんでしょ?」
母ちゃんは剣を引き抜き、俺に差し出した。優しさを帯びた表情で、その顔には、少し悲しさが混じっていた。俺は剣を受け取り、握ってみる。思ったよりも少しだけ軽いが、錆びた剣から、何かが俺の頭に流れてきた。
「ッ!?」
母ちゃんの記憶だ……
母ちゃんも、同じだ……俺と同じこの部屋で、剣を受け取って……この部屋で……修行してたんだ……
記憶の中の母ちゃんの軌跡を辿ると同時に、俺の身体にも何かが流れた……
(はぁ……はぁ……もう一回ッ!)
汗、鼓動、息遣い……そして鼓動、苦しさ……
記憶の中の母ちゃんの感覚も同時に流れてくる。この時、俺はこの世の理の外にいると実感した。
(腰を深く……そして、踏み込み、舞いあげる!)
……じいちゃん?……母ちゃんは、じいちゃんと戦ってる。顔は見たことねぇけど、本能的なもので、記憶の母ちゃんに稽古を付けてるのはじいちゃんだ。何度も挑み、破れ、挑み、破れる。その度に身体から痛みを感じる。喉の乾きを感じる……
俺は今、母ちゃん記憶や経験を継承してるんだ。
そして次に目を開けた時、自然と身体が動いた。腰を深く落として、風のような足さばきで、身体を回転させて、舞い上げる。
「叢雲・桜舞」
身体が理解した。これは、一族の技だ。そしてこの技を、さらに高く、さらに早く、さらに強く、積み重ねて来た母ちゃんの経験や記憶から理解した。この剣を受け継いだ祖先達が一番最初に覚える技、そして受け継いで来たものが。
「立派な桜舞ね。……一度小さい時に見せたっけな?……尊、立派な神主になりなさい。」
懐かしい、母の抱擁。
暖かくて、優しくて。
そんでいて安心する。
涙が頬を伝った、恥ずかしいのに手を伸ばした。長らく忘れてたこの感覚、心の底から親子何だと理解した。詳しい事は分からない、聞きたい事も沢山ある。だけど、今はこうしていたい。
だが、そんな親子の時間も長くは続かなかった。上から、何か物凄い衝撃がした。バラパラっと、ホコリが落ちた。俺と母ちゃんはいち早く異変を察知し、急いで地上に駆け上がった。戻って、縁側の方に飛び出すと、化け物が居る。
デカすぎる体躯、黒い皮膚、大きな角、異様に発達した犬歯がこちらを覗かせる。鬼、妖怪?……分からない、だがそれに近いのは確かだ。
「尊!下がりなさい!」
「母ちゃん!」
俺の制止を無視するように、化け物は母ちゃんに大きな口を開けて襲いかかる。俺より大きい母ちゃんでも、丸呑みにするような大きな口から覗かせる歯は、既に何人かを食ったような血が滲んでいた。
母ちゃんは化け物に手をかざすと、その大きな口は見えない壁に阻まれるかのように動きを止めた。
「尊!コイツの相手は良いから!町の人達を助けてに行きなさい!」
混乱して唖然とする俺に、母ちゃんは声をかけた。少し間を起き、ようやく理解した俺は「分かった!」と、一言だけ言って神社の鳥居をくぐって石段を降りた。
「さて、もう引退してるから……行けると良いわね……」
石段を下る途中、あの化け物達のが見えた。あの巨体にあからさま異様な見た目をしてるのだ、分かりやすい。神社を降りて、近くの田圃に辿り着いた。民家の家には、明かり光ってない、寝てるのか?
そう思い、確認しようと近寄ると、ドアが開いた。
「よかった!ばっちゃんも生きてたのか!」
出てきたのは、通学の時、何時も挨拶をしてくれるばっちゃんじゃ無かった。あの化け物だ。神社で見た奴よりは小さいが、大きな足跡を立てながら、口の周りを血て塗りたくり、ばっちゃんの生首を右手で掴んで、俺と目を合わせた。
食いやがった……コイツ……
「……テメェェェッ!俺の幸せを……壊してんじゃねぇぇぇッ!」
怒り、憎悪、悲しみ、心の底から湧き上がる殺意。気がつけば俺は化け物に襲いかかり、剣で腹を貫いた。収まらない、収まりやはしない……コイツのせいで、もう見れない。あの優しい笑顔が、血で濡れる。俺はそのまま突き刺した剣を上に斬り上げ、身体を捻って真っ二つに斬り裂いた。錆びた剣は血に染る、真っ赤な鮮血が宙に舞った。白かった服は返り血で赤くなる。
「……はぁ……はぁ……」
血で濁る涙を流しながら、俺は田圃道を走り町に向かった。まだ、まだ遅くないはずだ!チビ共や、後藤先生!助けなきゃ!助けねぇと!
町に着いた時には、大惨事の一言しか出なかった。あの化け物達が我が物顔で練り歩く。人間はいねぇのか?まだ食い足りねぇ。……コイツ等は、人の命を遊んでる。
「尊!コッチだ!」
学校の近くの裏路地から声が聞こえた。後藤先生だ。やっぱり、あのゴリラは生きてたんだ。良かった!俺は化け物達に見つからないように、駆け付けた。そして、改めてこの人が生きてる事に安堵した。
「先生!やっぱり生きてたのか!」
「あぁ、子供達は全員避難させた!親御さんも一緒だ!……幸いにも、向こうの化け物共には聞こえてない。お前も早く一緒に避難するんだ!」
良かった、チビ達も生きてたのか。俺と後藤先生は走って学校に向かった。何とかここまでバレずにすんだが、他の人達は大丈夫だろうか?……それより、この人は俺の剣が見えて無いのか?血塗れで、剣を持ったアンタの生徒がこんな格好をしてるのに、怪しいと思わないのか?……まぁいいや、それより早くチビ共が生きてるか確認したい。
そう思って、学校の体育館まで走った。着いた後、体育館の中から聞こえる怯えた声に、生きてるんだなと、確信した。
ドアを開けて安否を確認すると、やっぱり全員居た。
「安心しろ全員そろ」
グシャ
「は?」
俺が振り向いた時、身体に大きな衝撃が走る。内蔵が締め付けられる様な息苦しさが一瞬で身体中を駆け巡る。そして体育館の奥の舞台に背中を叩きつけられ、思わず口から血が吹き出した。
「尊兄ちゃん!助け」
薄れゆく景色の中、悲鳴が聞こえる。動かそうにも、指先1つ動かせねぇ……グラつく脳みそでも、目の前で、何をされてるかぐらい分かってる。最悪だ……辞めろと叫びたい、だけど、口すらも言う事を聞いてくれねぇ……
一人。
また一人。
もう、何人目だ……
辞めろ……
辞めろ……
辞めろッ!
……絶対に、許さねぇ……
最初のコメントを投稿しよう!