暁光の王と黄昏の刻

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 ルクスの返答に安堵の笑みを浮かべて、報告は以上だと言わんばかりにイリアは立ち上がる。空となったティーカップをテオラメントが受け取る際に、ふと視線がイリアとかちあった。そのまま流された視線を合図と受け取ったテオラメントは、部屋のドアまでイリアを送る。執務机からドアを伺うことはできないことを知るイリアは、ドアの前で立ち止まるとテオラメントのみに聞こえるように声をひそませた。 「大丈夫なんだろうな?」 「大丈夫ですよ」  誰を、と言わなくても分かる。自分らが仕える唯一の主のことだ。心配気なイリアとは対象的にテオラメントはさも当然とばかりに答えてみせる。 「無理させてないだろうな」 「無理させないで、国を変えられましょうか」 「テオ!」  イリアの眉がきつく釣り上がる。跳ね上がった声音を咎めるようにテオラメントは指先を自身の口へとあてがった。その姿にイリアの眉が力なく下がってゆく。 「私はお前のように四六時中、共にいてやることはできん。ルクスのこと、よく見ていてやってくれ」  ルクスより二つばかし年上であるせいか、イリアは幼い頃よりルクスに対して心配性な気がある。それは、彼が次期国王であり、また彼女が夢見てきた騎士総団長としての絶対たる主だからだ。  私とて、そこまで暇ではないのですが、という言葉を飲み込んで、テオラメントは「わかっています」と口にした。イリアはその言葉に満足気な笑みを残す。そうして、高く結い上げた赤髪と薔薇のマントを翻して、彼女は去っていった。  息を吐いてその背を見送ったテオラメントは、音を立てぬようドアを閉じる。耳をそばだてれば、ペンが紙を走る音が聞こえる。ルクスが残りの一山を崩しにかかっているのだろう。その音を聞きながら、テオラメントは主の心中を推し量る。ルクスの頭は先ほど伝えられた懸念をどう払拭するか、という考えでいっぱいだろう。可能性とイリアは言っていたが、確定的と見ておいたほうがよいことは、テオラメント自身もルクスも分かっている。執務机を見やれば、いつになく真剣な面持ちのルクスがペンを走らせている。
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