暁光の王と黄昏の刻

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 もうすでに慣れてしまった崩した物言いでルクス、もといアウルは受け答える。その物言いに満足したのか、しょうがねえなと店主は呟くと小さなボウルに出来立てのスープをよそってアウルへとよこす。熱々のスープに顔を近づけて、アウルは湯気とともに香りを堪能する。そうすれば、口の中では唾液がにじみ出できた。立ったまま、スプーンもとらずにボウルへと口を近づける。スープへと二度三度息を吹きかけて、それでも待ちきれないとばかりに、ほんの少しスープを口に含んだ。素朴な味が口を満たし、暖かさが喉を通って腹を満たす。ほうっと息を吐いて、その余韻を堪能するまでが至福の時間だ。普通に食べるよりも、この厨房で出来立てをほんの少し貰うという行為自体が、美味しさを引き立たせているのではないかとアウルは考えていた。王城では決して許されない行為だ。背徳感と罪悪感、そして特別な気持ちにさせるこの行為を、アウルは止められそうにない。 「うまい」  零れ出た言葉に、店主は当たり前だとばかりに頷く。そうして、料理の下ごしらえを再開させた。  その背を見ながら、アウルはスープを啜る。言葉使いからナイフの扱い方まで、平民の振る舞い方全般に関してはこの店主から教え込まれた。人前で給仕ができるようになるまでにそれなりの時間は要したが、それでも今では自然な振る舞いでこの場に溶け込めている自信はある。  ずず、と音を立てて最後の一口を口に収めると、アウルは下ごしらえで使い終わった調理器具をまとめて抱え上げた。開店までにこれらを洗い、次の料理で使えるようにしておくのもアウルの役目だ。指示がなくとも、もうそれぐらいは察することができる。平民のなりに馴染んでいく自分に僅かに苦笑をこぼして、アウルはその場を後にした。  その日、顔なじみの騎士が現れたのは太陽が中天よりも傾いた頃だった。昼食を食べ終えた客は去り、店内にいる客の数はまばらだった。一人で来店した騎士は、慣れた足取りで席につく。それを追うように、アウルはテーブルへと駆け寄った。久々に会話を続けられそうな気がして、その足取りは軽い。 「こんにちは。注文はどうする?」  アウルの言葉に騎士は答えない。答えない代わりに、騎士はアウルの顔を凝視していた。 「……クレイン?」
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