暁光の王と黄昏の刻

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 自分とて、そうしてかの騎士と会話を楽しみたい思いはある。彼がこうして英雄的存在になるまでは、それなりに会話をしていたのだが、今となっては難しい。誰も彼も騎士と話したくて仕方がないのだ。そのさまを見ているとアウルは無性に不安になるときがある。「落ち着く」といった騎士の場所に、ここはまだそう在れているだろうかと。ここまで持て囃されてしまえば、サロンやカフェにいるのとそう大差ないのではないだろうか。そうであれば、騎士がここに通う理由はない。アウルにとって、騎士と気兼ねなく会える場所がここである以上、どうしてもそれは避けたかった。だからと言って、アウルにできることなど何もない。ただ、周りの人間の熱が冷めるのを待つ他ないのだ。自分の中にわだかまる僅かな独占欲を、アウルはただ知らないふりをしてやり過ごす。  騎士のジョッキが空になるのを見計らって次の注文を伺いにいくのを数度繰り返して、僅かな会話を二度三度する。そうこうしているうちに教会の鐘の音が高らかに響き渡った。その鐘の音にアウルは短くため息を吐く。隠れるように厨房へと身を移し、店主に挨拶をすれば、心得ているというように短かな返事を返される。エプロンの紐を解きながら、ちらりと騎士のほうに視線を向けるが、その視線に騎士が気づくことはなかった。落胆した気持ちを隠せず、アウルは肩を落として厨房の奥へと進む。日持ちのする野菜の貯蔵棚にエプロンを置きつつ、煩雑に置かれた調味料や酒類のストックを尻目に慣れた足取りで部屋の隅へと進んで行く。薄暗くなっている空間の一角、日の当たることのない常闇にアウルは手を伸ばした。カチリ、と軽い音がして、次いでゴトリと重い音がする。店の奥まで聞こえる喧騒に、この音は混じりて溶け消える。少しばかりの風がアウルの頬を撫でていった。アウルは臆することなく、慣れた動作で常闇に身をのめり込ます。常闇の中にアウルが消えれば、またゴトリと音がした。すでにその部屋にはアウルの気配はない。
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