暁光の王と黄昏の刻

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 アウルの眼前に広がるのは闇そのものだ。それでもアウルは足を進ませる。見えなくても歩けるほど、通いなれた空間であり道なのだ。鼻につく水の臭いと湿気た空気の中、湿って滑りやすくなった石階段を下る。一歩一歩滑らないように踏みしめながら十三段の階段を下り、二歩進んで右折する。そうした頃には暗闇に目が慣れてきて、自分の進むべき道が歩数を数えなくても分かるようになっていた。そうしてアウルは何度目かのため息をつく。脳裏に浮かぶのは先ほどの騎士のことだ。  騎士が一人で来店したのは久方ぶりであった。普段は仲の良さそうな騎士と二人で来店をする。来店時に彼の姿、ただ一人だと認識したとき、どれだけ心が躍ったか。  アウルにとって、彼の話は興味深いものばかりであった。任務に赴いた先々の話、聞いた事のない獣や鳥の声、騎士宿舎で耳にしたという与太話。今日はどんな話が聞けるだろう、と。騎士の話を聞くたびに、アウルは自分がいかに狭い世界で暮らしているのか痛感させられる。  そして何より、彼の話し方が好きだった。落ち着いた声音で静かに語られる彼の話は、そのすべてが物語りとして成立しているように思う。そこにひけらかしや、他者に教示してやろうなどという傲慢さは一欠けらもない。騎士というだけで相手を見下すような連中がいることを知っているアウルにとって、それだけでこの騎士は特別だった。  次は、いつ会えるのであろう。  騎士に会うたびに募る気持ちをため息に交えて吐き出す。そんな気持ちが幾度となく自身の身を苛むうちに、アウルは騎士に向ける気持ちを自覚していた。その気持ちを自覚するたびに、アウルは心の臓を掴まれたように苦しくなる。 無理だ。立場が違いすぎる。  この気持ちが報われることはない、と幾度となく自分に言い聞かせる。暗く照明もない陰鬱とした水路沿いは、いつだってアウルの気持ちを落ち込ませた。  アウルの沈む気持ちをよそに、仄かに明るい一角へと辿り着く。木製のテーブルの上には洗いたての清潔なタオルと着替え、その脇には湯が張られたバスタブが置かれていた。
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