暁光の王と黄昏の刻

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 書類を確認しひたすらにペンを走らせていく。執務の先に変わるものがあると信じて、一心に書類の山を崩してゆく。いつのまに置かれていたであろう、机の片隅に置かれた紅茶に気づいたときにはすでに温くなっていた。  窓から差し込む日の色が黄味を帯びて、室内を染める。その日の色に、朴訥とした騎士の瞳を見た気がした。  テオラメントの計らいで食堂の店員として働きはじめ、慣れない物事の中で奮闘していたときのことだ。食堂のある地区はさして治安のいい場所ではない。重々承知していたにもかかわらず、初めて頼まれた「お使い」という仕事に浮き足立ち、油断したところ物盗りに絡まれたことがある。物盗りにあったことすら初めての経験で、あまりに理不尽すぎる物言いに、はじめは相手が何を言っているのか理解すらできなった。そんなルクスの様子にしびれを切らした物盗りが掴みかかろうとした瞬間、それを阻止したのは未だ無名であったかの騎士であった。もう随分と前のことだ。物盗りを退けて向けられた瞳に、ルクスは夕日のようだと思ったのだ。  思わず止めてしまった手を、ルクスは再び動かしていく。夕日の光を眩しいと察せられたのか、テオラメントがカーテンを閉じていった。その音を聞きながら、記憶に残る夕日の色にルクスは僅かに笑みを浮かべたのだった。  日が沈みきり、書類の山も残すところ一山となったところで、室内に軽やかなノックの音が響いた。テオラメントがドアに向かうよりも早く、そのドアは開かれる。次いで赤髪の騎士が一人、無遠慮な所作でルクスの前まで歩を進めた。一国の王子の部屋に自分でドアを開けて入室する人間をルクスは一人しか知らないので、特に顔をあげることもない。テオラメントも慣れたもので、向かいかけた足を元の位置へと戻していた。 「なんだ、今日も一日机仕事か。たまには剣の稽古でもしたらどうだ」 「そうできたらいいのだがな。剣だけで国はなりたたん」  軽口を交えながら手頃な椅子を自分で見繕って、その椅子に腰掛ける。翻した赤色のマントには薔薇の刺繍が施されていた。 「誉れ高き薔薇の騎士と呼ばれる君がいれば、私がでる幕もあるまいよ」 「一国の主が弱くては、家臣が苦労するぞ」
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