暁光の王と黄昏の刻

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 テオラメントに差し出された紅茶を受け取りつつ、薔薇の騎士と謳われるイリアは冗談めいた声を出す。ルクスが書類の山を机の端に寄せ、新たに注がれた紅茶を机の中心に寄せるのを待って、イリアは再び口を開いた。 「東側の貧民街はひどいものだな。なにより食料も薬も足らん。今はなんとか凌いではいるが、この先のことが思いやられる」 「それは西側も同じこと。なんとか策を講じようとしている途中です」  イリアの発言に応えたのはテオラメントだ。イリアとも長い付き合いではあるが、彼女に王城を抜け出していることは秘密にしている。そのことを知られた暁には烈火のごとく怒られるのは目に見えてはいるのだが、それも覚悟のうえだ。東西の片隅にある貧民街のうち、西側に程なく近い平民街に食堂はある。どうにも目の届きにくい東側の様子を、数少ない味方である彼女に見てもらっているのだ。騎士としての職務と訓練の合間を縫って、結構な頻度で貧民街に通うのは、彼女なりに国の現状に思うところがあるからなのだろう。その姿は彼女の人気を更に増加させた。西側にある食堂でも、東には薔薇の聖女が来ていると話題に上ることすらある。  いくらか報告と見解を述べた後、イリアは口ごもりつつも言葉を吐き出した。 「少し、気になることがあってな」  はっきりと物を言う彼女には珍しい物言いに、ルクスはただ黙って耳を傾けた。それはテオラメントも同様だ。言うも言わぬも、そのタイミングさえ彼女に委ねる。そうゆう姿勢であった。 「悪い話だ。貧民と平民を対象に、何者かが暴動を起こさせようと扇動している可能性がある」  イリアの言葉に、誰も驚きはしなかった。ついに、といった悔しさが心中に滲む。ずっと昔から危惧をしていた事柄であった。ルクスは心痛な面持ちでイリアに続きを促す。 「まだ、可能性の話だ。私からもなんとか民たちに声をかけてまわるつもりだが、現実を変えねば付け焼刃にしかならん。言葉では腹は膨れんからな」 「分かっている。早急に手を打とう」
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