溺れ咲き

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最上階のバーでスコッチを飲んだ。うまいのか、まずいのかやっぱり解らない酒を飲み、隣の男が他愛もない話題を選んで話しかけてくる。 どうにも居心地が悪かった。なにせ奴は友達でもなければ、長い付き合いでもない。どうしてこういう所で酒を飲み交わしているのかもわからないまま、2、3杯飲んでから腕時計を見ると、すでに23時だったので「そろそろ…」と呟くと、桜井はどうして、と囁いた。 「どうして私が貴方を誘ったか、解るでしょう」 「さあ、どうしてですかね」 「あの時、大沢の事務所で会った時に、解ったのではありませんか」 「わかりませんな、ちっとも俺には解りませんよ」 「…そうやって、いつも逃げていたのですか」 「は」 「そうやってご自分の欲求に目を逸らしていたのでしょう?私には解りますよ。だって同類でしょう?」 桜井は涼しげに笑って、不意に俺の太ももに手を置いた。 ぞぞ、と俺の体が震えたが、それは嫌な気分ではなく、むしろ快感の部類であったことが堪らなく嫌だった。咄嗟に払いのける俺の手を、桜井は握った。 「確かめましょうよ。なに、嫌ならやめればいい。…男の体は素直だ。女とは違いすぎる。喜べないときは楽しめない」 「俺には妻もいる。娘も」 「私にだっていましたよ。だから、だからどうしたって言うんです。貴方はいつまでそうやって自分を縛るのですか」 「縛る?」 「つまらなそうな顔をして、逸脱しないように自分を縛っているんじゃありませんか。見て解りましたよ」 自分には欲望の欠片一つないような顔をして、人一倍、欲望をもっているような貴方が 「私には解りますよ。私もそうですからね」 狡猾そうな顔で桜井は俺の顔を覗き込んだ。俺は、どうしたのだっけか。 握られた手を振り払ったか。馬鹿にするなと怒鳴ったか。つまんねえ戯言だと、笑ったか。 普段の俺ならそうだ。 だが、俺はそうはしなかった。なぜか無言だった。無言のまま奴についていった。男と手を握ったまま、バーを後にして誘われるままにバーの階下にあるホテルの一室に入ったのだ。 部屋に入るなり急かすように桜井は俺の唇を吸った。俺の意思を確かめるように口の中に舌を入れてかき回す。俺の女房ときたら生娘のままだったので、いつも俺が口を吸ってやった。それを舌も動かさず、ただじっと待っているだけの女。最初は可愛い女だと思ったが、進歩はそこで終わってしまった。だからつまらない、と思った。抱いていても、抱かれて当然、男が奉仕して当然、寝たきりで挿入されて律動されて、嬌声をあげもしない女を可愛いと思えなくなってしまったのは、随分前だ。 だからこうしてお互いが舌を絡め合い、唇を吸い、鼻息を荒く音を立てて求め合うのは久しぶりの事だった。 なにもしゃべらなかった。 ただどちらもお互いの後頭部を握り締めて、共に急かすようにベッドへ向かい、倒れ込んだ。 桜井が俺のズボンを脱がす。俺の逸物を玩具にして嬲る。俺のそれが反応すると桜井は笑った。 そしてなぜだか俺の唇から顔を離すと、そっ、と俺の左手を奴の右手が握り締めた。これだけの温かみを信じていれば間違いのない浄土へと導いてあげますよ、と聞こえた。 だから俺はベッドへ沈み込んだ。奴の唇が今度は俺の菊門へと口付ける。左手は俺のモノを扱いている。右手は俺と繋がっている。 自然に嬌声が漏れた。 気持ちがよかった。 もっとしてくれと思った。次第に桜井の指が俺の秘部へ侵入してくる。高まった快楽への期待感が、痛みと違和感を上回った。 気が付けば俺の中には奴の熱い肉棒が挿入されていた。胡座をかいている奴の上に乗って俺は串刺しにされている。 俺は泣いていた。酷く満たされていた。悲鳴にも聞こえる悶えを延々と垂れ流していた。 充足していた。
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