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失われた記憶
(あわわわ、イケメン増えたあ)
声に出したらきっと、情けない声だったに違いない。
明日香はそう思いながらも、出された皿には木のスプーンを突っ込み続けた。
朝から何も食べてない。
夕方、ようやく家主が帰ったと思えば、仲間を連れてきた。男はこれまた薄茶色のくるくるカーリーヘアのイケメンではあったが、黒髪よりは雰囲気は優しそうだ。
だが、やたら近い。品定めでもするかのようにじっと見つめてくる。
(近い近い近い)
髪を引っ張ったり、耳の穴に指を突っ込んできたりしてくる無礼者だ!
そんな彼の手を優しく払いのけては、また触られ、また払う。その繰り返し。
そんなことをしている間に黒髪イケメンが煮込みスープを作っていたようだ。
テーブルの上に鍋ごと置いて、茶碗によそってくれた。
「食え」
(言われなくても食べますよっ)
食料を与えられないということが、これ程までに人を苛立たせるのだろうか。明日香は、半ギレ状態で、再度スプーンを皿へと突っ込んでから、口へと運んでいった。
「しっかし、よく食べるねえ」
新しいイケメンが、呆れたように言う。
「ボクはユノ、分かるかな?」
「ワカリマス、ユノ。ワタシハ、アスカ」
言い終わるが早いか、スプーンを口にねじ込む。咀嚼しながら明日香は、二人のイケメンを比べ見た。
背の高さはだいたい同じだが体格の差がある。ロウの方がガッシリしていて、表情も乏しい。短く切り揃えている黒髪が波をうっていて、所々で毛先がはねている。
それより何より、見つけた時はたいそう驚いたが、お尻に尻尾のようなものが生えている。最初はそれが到底、尻尾とは信じられず、思わず握ってしまい、ロウに怒られた。
「おい、引っ張るな‼︎ 痛てえ‼︎」
「アア、ゴメンナサイ。デモコレ、ホンモノ? ウソミタイ、ナンダコレハ?」
そして、もう一方のイケメン。ユノは、優しそうな顔をしていて、表情は豊かだ。
で、これ。三角の耳。触って確認してみたいが、すでにロウに怒られているのもあって、それも怖い。
ユノはそのケモ耳をぴくぴくさせながら、さっきから分厚い本のページをパラパラとめくっている。時々明日香と本とを見比べては、ふむふむと相づちを打つ。
(何を読んでいるのかな)
気になったが、今は空腹を満たすのに必死でそれどころではない。出されたスープと薄く伸ばされたパンのようなものを、交互に口の中へと詰め込んだ。
「ねえ、本によると甘いものが好き、みたいなことが書いてあるよ」
「ウソだろ」
「バナナ、とか」
「げっ。あんなの食いもんじゃねえだろ」
「エ、バナナ、タベタイ」
明日香はバナナという単語に反応して、二人の会話に入る。その二人は顔を見合わせて、妙な顔を突き合わせている。
「……あんな、まずいもん食うのか?」
「バナナ、オイシイヨ」
明日香が答えた瞬間。
「ねえ、ロウ‼︎」
その甲高い声に驚きながらも、叫んだユノの方を見る。険しげな顔に、ロウは嫌な予感を覚えた。
「おい、まさか、」
「取ってきて」
強い口調に少しだけ怯む。
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