失われた記憶

3/3
前へ
/39ページ
次へ
バナナを取りに行っている間、ずっと考えていたことを口にする。『人人類』の人間は、この『獣人類』のエリアでは生きていけないはずだ。けれど、明日香は生きている。それがどうしてなのかを知りたかった。 「何で、あんなところに倒れていたんだ?」 ロウはユノが入れたコーヒーを一口飲んでから、そう切り出した。 「それがその……よく覚えていなくて」 明日香が手で頭をさする。もう痛みは引いたようだ。 「頭、打ったの?」 同じようにマグカップでコーヒーを口にしながら、ユノが言った。 「ん、たぶん。なんか痛いし、コブができてるから」 「デッドラインを超える時にでも、転んで打ったのかな。それとも木の枝とかにぶつけて、とか」 ここでロウが、違和感を感じた。 「でも、おまえは蔦に絡まってたんだ。例えばだ、デッドラインを超えてふらふら歩いてきたとする。それから、どこかで頭ぶつけて倒れ込んだんだとしても、あんな風にはならねえぞ」 バナナの最後の一口を口の中へと放ると、明日香は自分に差し出されたマグカップを引き寄せた。コーヒーの香りをかぐと、その顔が途端にゆるんだ。 けれど、二人の険しい顔を見ると、明日香は真剣な表情へと戻してから言った。 「……何かを、」 コーヒーを見つめる。 「追いかけていた気がするんだけどな」 一瞬、場がしんと静まり返った。 「……追いかけてきたって、何をだよ」 「んー、思い出せない」 「それを追いかけていたら、デッドラインを超えちゃったってことかな」 ユノが明日香を覗き込むようにして話しかけた。 「デッドラインって何?」 おいおい、とロウが腕を上げる。 「そんなことも忘れたのか。国境だよ、おまえらの国とオレらの国の」 「それって、日本を出ちゃったってこと?」 ロウとユノは顔を見合わせた。 「ニホン?」 「おまえらの国をおまえらがなんて呼んでるのか知らねえけど、とにかくそういうことだろうな」 そして、ここでロウが、はっと小さく息をのんだ。 「そういえば、おまえ……寒く、ないのか?」 明日香が二人を交互に見る。 「え、別に寒くないよ」 明日香が着ていた一風変わった服は、明日香を拾った次の日に洗濯をして窓際に干してある。今はロウの服を着せているが、サイズが大き過ぎてぶかぶかだ。けれど、ロウの服は、ロウが普段から着ているもので、特に厚手のものという訳ではなかった。 二人は再度、顔を見合わせた。 『人人類』の世界より、ここは気温が低いはずだ。 「なぜ、だ」
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加