記憶

1/4
前へ
/39ページ
次へ

記憶

「明日香、思い出したんだってね」 「まあ、徐々にって感じだけどな」 「じゃあ、その……こ、コウタロウって人を追いかけて、デッドラインを超えちゃったってこと?」 「コタローな。まあ、そうなる」 「でも、そいつの死体はなかったんだよね?」 「そこら辺には、な」 「……恋人だったりして」 ユノがさも言いにくそうに、小さな声で呟く。持っているマグがぐらっと揺れて、カタンと底をテーブルに打ちつけた。 「知らねえよ」 「でも、見たんでしょ。そん時の、明日香」 さも愛しそうに、その名を繰り返す明日香の顔。 眼を細め、首飾りを指で撫ぜるその表情に、深い愛情を感じずにはいられなかった。 「知らねえって言ってるだろっ」 勢いよく立ち上がる。バンッとテーブルを叩いてしまった。 その音で、寝室のドアが開いた。明日香がドアの隙間から覗き込んでいる。 「大きい音がしたけど、どうしたの?」 「どうもしねえよ。あっちに行ってろ」 乱暴すぎるロウの言葉に、明日香は悲しい顔を浮かべてドアを閉めた。 「おい、ロウ。明日香に八つ当たりすんなよ」 「うるさい」 「ったく」 ユノが立ち上がって、寝室に向かう。 「ほっとけよ」 振り返ると、珍しくユノが怒った顔を寄越した。 「ほっとけるかよ。明日香が泣いたら、おまえのせいだからな」 寝室へと入っていくユノを見て、ロウはクソっと悪態をつき、さらにテーブルをこぶしで叩いた。 「……拾ってくるんじゃなかった」 後悔とも取れる気持ちが泉のように湧いてくる。 ロウは図書室から持ち出した本をテーブルの上に乱暴に置き、ページをバサバサとめくっていった。 ✳︎✳︎✳︎ (思い出した、ってか、覚えてるう) 明日香は寝室の毛布の中に潜り込んで、ひとり混乱していた。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加