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(うわうわうわあ、どうしよう、どうしよう)
明日香は、ベッドから身体を起こすと、すかさずおしりをずらしずらし、後ずさった。
(え? え? なになになに? 嘘でしょどうしようめっちゃイケメンなんですけどぉ)
目が覚めたら黒髪の男が一人、こちらをじぃっと見つめていた。
照れた。これは照れるしかなくない?
やばかっこよ! ってかこの人ダレ!?
明日香を見てくるその瞳は、グレーに彩られたビー玉のようだ。キラリと鋭い光を宿している。
濡れるような艶のある黒の前髪が、ゆらりと揺れる瞳にかかっている。
(が、外国人? こんなんモデルしか職業なくない? えええーでもなんでこんなガン見してくんの……ふぁっつ⁉︎ やだやだ! 見つめないでええ)
じぃっと見つめてくる男の視線に耐えきれず、明日香は逃げるようにしてきょろきょろと周りを見やった。見たことのない部屋。その中にぽつんと一つ置いてあるベッドに、寝かされていたようだ。
(これは……なんか私、事件に巻き込まれて? え? まさかの誘拐???)
記憶を辿っていく。すると、頭頂部にズキっと何かの痛みがある。
「イタ」
声を出すと、イケメンが少しおののいて後退ったような気がした。
けれど痛い。頭に手を当てる。後頭部をゆっくりと指で撫でてみると、そこにはまごうことなきたんこぶが。
「エ? ナンデタンコブ? イ、イタッ」
痛い痛い痛い。頭打ったのかな、覚えてない、混乱。
《お、おまえはだれだ》
男が言いながら、側に置いてあったイスから立ち上がった。うわ背がすごく高い。けれど、その声と顔には警戒の色。
なんて言ったのか、よく分からなかった。
明日香は痛みにしかめていた顔を元に戻し、「アノ、スミマセン」と呼びかけてみた。
すると、男は狼狽えたように半歩退くと、《だ、だれなんだ、人なのか?》と言った。
次の言葉は聞き取れたような気がした。もしかしたら英語? 明日香はとりあえず日本語で自分の名前を名乗った。
「ワタシハ、マツヤマコウコウノ、コヒナタ アスカ ッテイイマス。ア、サンネンセイデス」
「マツ、ヤマ、サ、サンネン?」
男の困惑する表情。早口過ぎたのかなと、今度はゆっくりとした口調で続けた。
「アスカデス、アスカ。コウコウセイデス」
「…………」
反応がないので聞こえなかったのかと思い、再度名前を口にしようとした時。
「……こんなのはオレにはムリだっ」
いきなり言葉が理解できた。
困ったような顔をした男は、逃げるようにして部屋を出ていってしまった。
「あ、ちょっと」
動いたらズキッと頭が痛んだ。たんこぶが熱を持っているような気がした。
「いったっ、なんだこれ、どっかで打ったのかなあ。ぜんっぜん……覚えてないや。どうしよう。どうしたらいい?」
そして、強烈な眠気までが襲ってきた。混乱はしているが、もともと能天気な性格だ。眠気が勝った。
「……とりあえず寝るか」
明日香は、足にそっとかけられていた薄い毛布を肩まで引っ張りあげると、ベッドに横になった。
早くこの場を立ち去ったほうがいいのかもと迷いはあったが、ズキズキと痛みが増していく頭は徐々に重くなっていき、お腹は空いていて、起きる気力も湧いてこない。
(起きたら考えよ)
眼を瞑るとすぐにも睡魔に襲われ、明日香は眠りに就いた。
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