アシンメトリーワールド

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* 時間は少し遡る。 学校でユノから生きている人の死体を発見したと聞かされ、その場では突っぱねたロウだったが、全く気になっていないわけではなかった。 学校帰りの道を急ぐ。その道沿いに立ててある看板に貼られたポスターに目が止まった。 『《人》の人権を守ろう』 ロウはそのスローガンが、「人権」とは全く関係のない、この獣人の国民の目に届くようなところに貼られているのを、苦々しく思った。 「おいおいどうやって、このポスターをオレらの国に持ち込んだんだ? 必死かよ、だったらオレら『獣人類』の獣人権ってのも守ってくれよってことだよな」 はっ「人権」だとよ、笑っちまう。そういうのはお前らだけでやってろよ。 ロウは、嘲笑を含ませた声で言い、ポスターを破り捨てる。 苦く笑うのには訳があった。 ロウの住むこの世界は三つに分かれている。 『人人類』『獣人類』『獣獣類』 完全なる人、人と獣のハーフ、完全なる獣と、その名の通りに、棲み分けられている三国。 それぞれの国は、広大なドームに覆われていて、生命維持に必要なそれぞれの環境を整えている。 『人人類』のドームの空気は酸素が多く配合されており、低体温の身体に負担がかからないように、常に気温115ギロン、湿度Bマイナの状態が保たれている。程よい気温ではあるが、そう感じているのはそこに住まう「人」だけだ。 『獣人類』であるロウが住むドームでは、それよりもう少し低く、しかし「獣人」にとってはそれでも薄っすらと汗をかくくらいの気温85ロンと湿度Fマイナ。 「人」に比べると体温は高く、獣人は免疫力がより強い。 そして、『獣獣類』。 先の二国のように環境のコントロールを敢えてなされない、過酷な環境。 だが、これには深い理由がある。 獣しか住まわない国を心地の良い環境下に置くとする。すると途端に獣たちは繁殖し始め、その個体数を爆発的に増やしてしまうからだ。 それを抑えるための、ノンコントロール。言わば、「放置」である。 「獣の国だけじゃない、オレだって人の国なんかに足を一歩でも踏み入れてみろ。途端に暑さと酸素過多で死んじまう」 お互いが相容れない存在。互いの環境下では生きていけない。いにしえより、三種族が交わることなどあり得ないのだ。 (ユノのやつ、そこんとこわかってねえよな) ロウは、学校からの帰途につく林道の途中で左に折れ、鬱蒼とした森の中へと入っていった。気温と湿度がちょうどいい塩梅なのか、獣人の国は植物の成長が驚くほど早い。 ロウは大木の周りに茂る、自分よりも背の高いシダの葉や茎を、手で掻き分けながら進んでいった。 「く、痛ってえ」 掻き分けるシダの葉の切っ先で、腕や脚のロウの褐色の肌に細かい切り傷ができていく。 「ユノのヤツ!! くそっ、どうしてオレが」
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