もう泣かないと、あの時俺は思った

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 だが若い心は、キャパシティ以上の気持ちをそのまますんなりと消化できないものだ。  安田先生との対話でいくぶん気持ちは軽くなっていたものの、悶々としたものを引きずったまま保は帰宅した。自分の本心の行きつく先がようやく見えたからこそ、健介に思いを馳せる保だった。  安田先生は、健介が心臓疾患だと言った。 ――心臓が悪いって、相当じゃないのか?  帰宅して夕食と入浴を済ませた保は、ベッドに寝転がって右手を左胸に当てる。どくどくと力強い鼓動が伝わってくる。  がばっと跳ね起きる。パジャマ代わりにしているTシャツの上にジャージを羽織り、保は家を飛び出した。  がむしゃらに走らないとおかしくなりそうだった。月明かりの下、保は全力疾走する。  交差点ごとに思いつくまま右折したり左折したり、めちゃくちゃに走っていると、偶然にも地下鉄のターミナル駅に着いていた。毎朝通学時に普通に歩いたらものの数分で着く距離だ。あちこち回り道をしながら、いったい何分くらい走っていたのだろう、ひどく疲労を覚えていた。  はあはあと保は、ロータリーの縁石に腰を下ろす。まだそれほど遅くない時間だ。駅に家族を迎えに来る人の車が停車しては去っていく。  ふと、保は顔を上げた。目の前にそびえ立つ高層の建物。地域医療を担う総合病院だ。確か安田先生はそこに健介が入院していると言っていた。  立ち上がり、保はしばらく建物をにらむ。 ――健介、案外近くにいたんだな。 ――俺は推薦で大学に行きたいって、今日先生に言った。 ――だけど、これだけは本心なんだ。  保はありったけの大声で叫んだ。 「健介、負けるなー!」  そびえ立つ建物のどこに健介がいるかわからない。いや、どこにいたとしても聞こえるように。周りの視線など気にならなかった。
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