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「・・・なぁ 覚えているか」
「・・・何ですか?」
「俺の手はとっくに汚れっちまってる。」
「でしょうね。だからあなたはここにいるんでしょう?」
早朝のことである。
透明な板で間を遮られた二つの部屋。
片方には、手足枷とアイマスクで身体の自由を奪われ、首にロープを巻かれた男。
もう片方には、赤いボタンに手をかけた制服姿の男。
「相変わらず冷てぇなぁ おい。こんな時ぐらい ちっとはゆっくり話させてくれや。」
「私はただ 自分の立場をわきまえて話をしているだけです。
それに あと5分なんですよ。あなただって それなりの心構えをしたいでしょ?」
「ははっwww心構えね。この際余計なことは考えたくねーんだよ。目の前の事実を受け止める。それだけさ。」
「・・・初めて会ったときから思っていましたが、やはりあなたは変わっている・・・。」
「変わっている!そうかそうか。あいにく俺にとって褒め言葉なんでねぇ!」
「・・・そうですか。」
ここまでの会話だけでも、秒針は2回転目に突入していた。
「・・・最後に聞いても良いですか?」
「なんだ。改まって。」
「・・・お別れなんですね?」
「・・・今更 何言ってやがる。」
「・・・本当に お別れですね。」
「何度も言わせるな。状況は変わらない。」
「もしっ・・・」
彼の声が、コンクリートにこだまする。
「・・・もしっ できるなら・・・」
「おう。」
「・・・妹に・・・遭ってくれませんか・・・?」
「十年前に殺された お前の妹か?」
「はい。名前は」
「律子。お前と血が繋がった唯一の妹。12月5日 夕方、河口付近で発見された。」
「律子は良い子でした。律子は生きる希望でした。きっと とても良い子だから・・・僕に心配をかけたくなくて・・・」
「自分から飛び込んだ」
「妹に何が起こったのか、自分の目で確かめたかった。その一心で 僕はこの世界に来ました。だけど・・・明らかになればなるほど、どんどん苦しくなっていった・・・」
「・・・」
「律子は・・・本当に嬉しそうでした・・・教師になるというあの子の夢が叶った時・・・本当に嬉しそうで・・・」
唇を震わせながら並べる言葉の中に、少しずつおかしな呼吸が流れる。
反対側の男は、黙って聞いていた。
「・・・陰湿な嫌がらせを受けていたのを知った時は、もう・・・」
「子どもは法律に守られる。それが現在の仕組みだ。」
「・・・覚えていたんですね」
「お前と交わした最初の言葉だったからな。」
秒針は、無情に時間を切り刻んでいく。互いに、十分な時間は残されていないことを感じ取っていた。
「・・・遭ってやるよ。お前の妹とやらに」
「・・・ありがとうございます」
互いに表情は読み取れない。それでも、きっと最後ぐらいは安らかな顔であろうと互いに予想した。
「最後に話したいことは」
「・・・何も。」
「さようなら」
「あぁ」
ガタン ―――――
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