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青い悪魔と契約した就活生
人は、いつかどこかで大切な物を無くす。
ほとんどの場合、自分で見つけるか親切な人が見つけて事なきを得る。
しかし、この探し物を拾った人間が悪魔みたいなヤツだったら、どうだろうか?
しかも、この悪魔がとんでもない考えの持ち主で普通では考えが及ばないことをしでかしたとしたら、君ならどうする?
無論、失くさないに越したことはないだろうが是非聞いて欲しい。
これから話す体験は俺からの君への警告でもあるのだから。
人生最大のピーンチ!
「ヤバい!本当に見つからん····。」
よく晴れた朝、駅中で人混みにもかかわらず、座り込みスーツをグシャグシャにして若者が必死にカバンの中を漁っていた。
彼の名は津村ヒロユキ、年齢は20代前半だろうか、童顔で年齢より幼く見える。髪型は短髪の黒髪で、仕立てたばかりの紺のスーツを身に付けて絶賛、就活活動中だった。
「ない、ない、な~い!」
彼は血眼になって、ある物を探していた。
彼の探し物は本日面接する会社へ提出しなければならない履歴書の入ったファイルだ。
しかも今回の履歴書は、かなり良く出来たと昨晩ヒロユキは自画自賛していた。
個人情報を白いキラキラのご飯のように隙間なく敷き詰め、飯では埋めきれなかった部分は、大学時代の濃い情報をこれでもかと肉や海鮮のようにてんこ盛りに載せ、面接官に少しでも媚びを売れるようにピリッスパイスの効いた情報を散りばめた、まさに絶品カレーのようなヒロユキ渾身の履歴書だった。
家を出た時には確かにカバンに入れたのに···
駅についた途端、ファイルごと消え失せた。
種も仕掛けも、入れた本人にも分からんとは
どんなイリュージョンだ?
そうだっ!
困った時は、人に聞こう!
都会は親切な人で溢れていると、故郷の俺の母ちゃんが言っていた。ヒロユキの脳裏に
ヒロユキ母ちゃんのシルエットが浮かぶ。
実家の台所でフリフリエプロン姿の人物が
笑顔で振り返る。
そうそう、髪はハゲて眼鏡をかけて····
「いや、違う。これは父ちゃんだ!」
俺の記憶よ、母ちゃんを出せ!
ヒロユキは両手をグーにしてポカポカと頭を叩いた。すると、忘れかけていたファイルのことを突然思い出した。
「おっと、こんなことをしている場合ではなかった。ファイルのことを聞かないと!」
意を決してサラリーマン風の人々に訪ねてみた。
「あのぉ、すみません·····」
ヒロユキを無視して、スタスタ歩く人々
それもそのはず、現在の時刻は8時を周り
駆け足でホームへ急ぐ者ばかりだった。
サラリーマンもチラッとコチラを見るが
すぐに視線を戻す。
これから戦場へ赴くサラリーマンは無理か。
なら、学生だ!
「あのぉ~、僕のファイル知らん?」
学生達も見向きもしない。むしろ子供の方が
ドライだ。ヒロユキと目線を合わせようともしない。俺が不審者に見えるのかな?
親切のカケラも見えない仕打ちにヒロユキは思わず
「親切ってなんやねん!?」
『今日も交通安全気分のナギサちゃん』の
ポスターに突っ込んだ。敬礼姿は日本一美しい。有り難く手をあわせて、拝んでしまうのはファンの悲しいサガ。
ひと通り拝みたおして、満足したヒロユキは
「おっと、また脱線したな。こんなことをやってる場合ではなかった。ファイルを探さないと!」
急に込み上げる本来の使命感
考えろ、ヒロユキ·····何か、何かないか?
色々と足りない頭で必死に考えた。
「そうだ!困った時こそ、遺失物センターだ。」
ここへ着いた時、券売機の横にカウンターのようなものがあったのを思い出した。
ヒロユキは元来た道を戻る。
「すみません、ファイルに挟まれた書類、
持ち込まれませんでしたか?」
朝早くに訪れたせいか遺失物センターには
ヒロユキ一人だけだった。
遺失物センターのカウンターには20代後半のサラサラの青髪をまとめた端正な顔立ちのキャリアウーマン風の女性が1人立っていた。きっと、俺の探している物もすぐに見つけてくれるはずだ。期待に胸が膨らんだ。
「女に挟まれた?写真のファイル?盗撮なら、交番に行ってくれる?ここは遺失物センターです。」
「違う!ファイルに挟んである書類だよ!
俺の個人情報が載ってるヤツ。」
危うく、犯人に仕立て上げられそうになる。
「あなたの個人情報?さてはあなた、私を狙うストーカーね?最近多いのよね~。」
「は?」
ストーカー?話しが全然見えない。
「いくら私が麗しいからって、婚姻届けを遺失物で出そうとするなんて、名前は書かないからね、印鑑も押さないわよ。」
「婚姻届けじゃねぇよ!履歴書だよ、落とし物。遺失物センターだろ。ここはっ!」
婚姻届って何だ?しかも、麗しいって自分で言ったな?この女、言動がオカシイ。
「あ~あ、落とし物のこと?も~う、だったら初めからそう言ってよ~。」
女性はしぶしぶ、遺失物用紙を取り出し必要事項を書くように促した。
俺が悪いのか?聞き間違えたのはアンタだろ
何か違和感を覚えつつも用紙に記入した。
「ふーん、履歴書落としたってことは今日が面接だったりするの?フフフ、ウケる~!」
「ウケねぇよ!」
ヒロユキは女の言動に殺意を覚えた。
「残念、今日は紙系の落とし物はないわ。」 駅の全ての遺失物センターに接続出来る端末で照会してもらったが、無いのは本当らしい
どうしよう?
今回の面接は、諦めるか?
会社にも連絡しないといけないな。
面接初日から履歴書を落とす大マヌケなんて
俺が面接官なら、絶対に選らばないだろう。
今回もお祈りメールで祀られる運命かな。
諦めてその場を立ち去ろうとした、その時
「僕のおかあさんは、ありませんか?」
人気キャラ、サバンナ戦士ジャッカマンの帽子を被り半袖半ズボンの5歳くらいの男の子が遺失物センターを訪れた。
青髪の女性は、慣れた様子で男の子に近づき
「ボクぅ、おかあさんは物じゃないわ。
ここにはいません。」
「おい、俺と対応が随分と違うじゃねぇか」
子供の身長に合わせ、地面に膝をつき、さらに続ける女神のような対応を続ける女性
「迷子センターに行こうか?良かったわねぇ、あの暇なお兄ちゃんが連れてってくれるって~。」
あろうことか女は、俺を指名してきた。
「駅員だろ?お前が連れて行け。」
「迷子センターへ連れて行くくらい良いじゃない、それに今日私1人なの。手伝って~♡
どうせ書類無くして暇なんでしょ?」
暇と聞いて反論は出来んが、納得も出来ん。
「もし、私のお願い聞いてくれたら、今から全駅員に号令かけて履歴書を真面目に探して上げてもいいわ。私、こう見えて顔が利くのよ~。」
なんだとっ!?
願ってもないチャンスだ。
ガシッ
ヒロユキは直ぐさま、男の子の手を握った。
「子供を迷子センターに連れて行くから
真面目に探せよ?絶対だぞ!」
「いってらっしゃい~。」
なぜか釈然としないが、俺が男の子を迷子センターへ送り届けることになった。
ヒロユキたちが出た後、ヒロユキの母ちゃんが想像していた親切を絵に描いた老婆が遺失物センターに履歴書入りのファイルを届けた
青髪の女性は届けられた履歴書を確認すると
「アイツ、ヒロユキって言うのか~。」
ファイルには、履歴書の他に企業のエントリーシート、健康診断書、大学卒業証明書が
揃えられていた。字も手本のように綺麗だ。
「顔に似合わず几帳面なのね、アイツ。」
「ねえ、コレ何かに使えないかしら?」
青髪の女性は、誰かいるはずもない空を見上げ、不敵な笑みを浮かべるのだった。
その頃、ヒロユキは男の子を連れて
迷子センターへ向かっていた。
「ねぇ、お兄ちゃんは何の人?駅の人?」
「ええっと。」
言葉に詰まるヒロユキ。
履歴書は消えた、大学も出ちまった、しかも駅員でもない、自分が何者なのか俺も知りたい。なぜこんなことをやっているのかも。
しかし、子供の手前そんな事は言えない。
「お兄ちゃんはそうだな····親切な人かな」
かなり控えめに言ったつもりだった。
バッ!?
急に俺の手を振りほどく男の子
「どうし···た?」
「おかあさん、自分から親切って言う人は
怪しい人って言ってたよ。お兄ちゃんは
不審者?」
ガーン、なんだとっ!?
時が止まる駅中
不審がる子供、不審者と聞いて足を止める
通行人たちの冷たい視線。
ヤバい!?せっかく盗撮犯を回避したのに
今度は誘拐の罪を着せられる。
「違う···だろ、俺は···遺失物センターのお姉さんに頼まれて·····一緒にいるんだろ?」
たどたどしい説明だが、これっきゃない!
「そうだよね、お兄ちゃんは今日は暇!なんだよね。暇!だから僕を迷子センターへ連れていってくれるって駅のお姉さんがいってたもん。ねえ、暇!なお兄さん。」
「なんだ、暇人か。」
それを聞くとなぜか捌けていく通行人。
なんとか俺への誤解は解けたが、子供に暇を大連発されたおかげで俺のハートは解凍された冷凍食品のようにぐちゃぐちゃだ。冷や汗というドリップが、これでもかとスーツに染み出していた。
ようやく、ヒロユキと小さな悪魔は目的の
迷子センターへたどり着いた。
「ここでお別れだ、じゃあな。」
「ちゃんと仕事しろよ、ありがとう!
暇なお兄さん。」
仕事しろよは余計だ、好きで暇やってんじゃねぇ!
「ありがとうか···。」
久しぶりに言われた気がする。
たまには、こんな仕事も悪くはない。
ヒロユキは、何か大切な物を見つけた気がした。
遺失物センターへ戻ると、青髪の女性が
笑顔で待ちかまえていた。
「フフフ、おかえりなさい~。」
「その様子だと俺が探していた物は見つかったみたいだな。さあ、返してもらおうか?」
「あったわよ、ん~10分くらい前かな。」
「ハア?意味が分からん。」
なぜ、ここにあったはずの履歴書が忽然と消える?
「実は、履歴書は······」
「私が書き直して、ウチの会社に出しといたのでした~。良かったわね、これでヒロユキも無事に社会人の仲間入りよ~。」
女性はサプライズのつもりか拍手を始めた。
はっ?はあああああ~~~~~!?
「今、何て???」
俺の履歴書を修正して、勝手に出しただと?
「何をしてる!」
「あれ?オカシイね。嬉しくないの?
ヒロユキは就活してたんだよね?」
女性は俺の反応が意外だったのか複雑な表情をした。
「オカシイのは、アンタだ。どこの世界に行方不明の履歴書を盗んで本人に無断で出すヤツがいるか!」
ましてや、俺の履歴書を改ざんするなんて!
「帰る!」
「いいの?せっかくの内定蹴っちゃって。」
本人の同意のない合格に何の意味がある?
女性を無視して来た道を引き返そうとする
ヒロユキ。
「残念ね~。せっかく優秀な人材を見つけて私の評価が上がるはずだったのに。」
そんな魂胆だったのか?俺が知るかい!
「仕方ない、コレを使うかな。」
青髪の女性は制服のポケットからスマホを
取り出した。
そして、歩きだす俺の前に立ちふさがりスマホで視界を遮った。
「まだ、何かあるのかよ!」
「まあ、見てよ。」
そこには、俺がさっきの送り届けた男の子の手を俺が掴んでいる写メだった。
第三者から見たら俺が男の子を連れ去ろうとしているような画像にしか見えない。
ヒロユキは目をギョッとさせた。
「こんなもの!いつ、撮った?」
「あなた達が行く時にチョロっとね~。」
「あなたがこのまま帰るなら、この写メを上に報告するわ。この男の子とあなたの関係を説明できるのは私だけよ。社会人早々、前科つけたくないでしょ?ヒロユキ君。」
コイツ、女の皮を被った悪魔だ。
いや、悪魔ですら生温いかもしれん!
要求を拒む俺を脅しに来やがった。
冷静に考えろ、ヒロユキ。
こんな要求のむ必要はない。
オカシイ、馬鹿げている。
しかし······
紛失した履歴書は、女が提出して
ここには存在しない。
俺がここへ来た理由を証明出来るのは
この女だけだ。
そして、スマホの写メはどう説明する?
俺のとるべき行動は、ただ一つ······
「よ、よ····ろしくお願いします。」
「フフフ、素直でよろしい!」
俺はマンマと青い悪魔の手に落ちた。
俺が履歴書を無くしたばっかりに!
チクショー
ヒロユキは大切な物を見つけた気でいたが、逆に探し物を悪魔に奪われてしまった。
探し物、それは見つかることがあるが、奪われることもある。俺以外の誰かがこの青い悪魔に人生を狂わせられる前に個人を証明する書類は厳重に管理することを勧める。
社会人の俺から君への警告だ。
その後、ヒロユキは駅員合格通知の一週間後に支給された深緑色の制服を身にまとい、駅員人生への一歩を踏み出そうとしていた。
あの時は、青い悪魔のせいで履歴書改ざんや脅しなどというエライ目にあったが今振り返るとこれも何かの運命だろう。
仕事先が変わっただけだし、就活は成功したむしろ幸運だと思わなければと頭を入れ替えていた。
ヒロユキが自信満々なのには理由があった。
配属先は青い悪魔がいる遺失物センターではなく、ヤツには内緒で事務処理メインの部署に転属する工作をしていたのだ。
もちろん、タダでとはいかなかったが、転属試験も死に物狂いでパスした結果だった。
部署の扉の前に立つヒロユキ
「さあ、ここから俺の新しい社会生活始まる!」ドアノブに触れようとした瞬間······
「あ~、ヒロユキじゃ~ん!」
ヒロユキの後方からもう二度と聞くはずのなかった、あの悪魔の声が聴こえてきた。
振り返った俺は思わず
「ゲッ!?青い悪魔っ!」
ヒロユキの心の声が漏れてしまった。
「はあ?青い悪魔って、何よ~?
就活の恩人に向かって~。私には駿河アオイって言う麗しい名前があるんだからね!」
やっぱり、青い悪魔じゃん·····
「す····駿河先輩、お言葉を返すようですが、僕はこれからこの部署に配属されたので、その·······。」
ヒロユキ、大丈夫だ。安心しろ!
俺には転属試験を突破した既成事実がある。
いくらこの悪魔が口を出そうと覆ることはないはずだ。
「だから~。ヒロユキは、また転属されたの私はソレをあなたに伝えに来たの!」
「はい?転属!?どこへ?」
まさかとは思うが·······
「い、遺失物センター?」
「ピンポーン、大正解~。やっぱり、コッチへ来たかったのよね?事務方へ配属されるなんて何かの間違いだと思ったのよね~。」
正解してんじゃね~よ、俺~!
っていうか、俺の転属依頼を消したのか?
駿河アオイ、何者だ?前に顔がきくって言っていたがそれはどこまで?課長?専務?まさか、重役とか???
ヒロユキはアオイに底知れぬ恐怖を覚えた。
「ねぇ、ヒロユキ~。聴いてる?
あのね、一応確認なんだけど~。」
アオイはヒロユキの肩に頭を乗せ、下から顔を覗かせていた。
「えっ、は、はいっ!」
「もしかして、事務方へ行きたかった~?
転属とか出してないよねぇ?」
突然、病んだ目でヒロユキを見つめるアオイ
こ、この女どこまで、知ってるんだ!
ガタガタ震えが止まらないヒロユキ
「そ、それは······もちろんでございます。」
「そう、それならいいんだぁ····」
「ってか、ございますって、今どきウケるんだけど~。」
病んだ目からいつもの陽気な顔に戻るアオイ
コイツ、前から感じていたがヤバいヤツだ!
しかも俺は、悪魔に完全にロックオンされた
一生この悪魔から逃げられないと悟った。
駅の遺失物センター、あなたが探している物はそこにあるのかもしれないが、その際悪魔の誘いに決して乗ってはいけない。もし誘いに乗ってしまった時は、あなたの探し物は青い悪魔に奪われることだろう
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