7人が本棚に入れています
本棚に追加
レベル5 旅の仲間はソウルブラザー ~韻は踏んでも地雷は踏むな~
※《》内はラップなので、リズムよく読んで頂けると幸いです。
レベル5
「そうかい。村の者に頼まれたのかい」
マリンさんは俺がなにも言っていないのに、身勝手な理解を示した。
「確かにこの村は今困っている。しかし、だからと言って旅の者に頼むというのは・・・」
そう言うと、マリンさんは近づいてきて、先ほど外したボタンをつまみ、俺のシャツの中を見た。生温かい鼻息がかかったかとも思うと、「やるじゃない」と言った。
俺は自分のシャツを掴み、見るなという気持ちを込めて引っ張った。
「ふふっ。いけないコ」
なんだこのババア。
「それで・・・」
マリンさんは今の訳の分からないやり取りなどなかったかのように話を続けた。
「通りすがりのボーイが、どうしてこの村を助けてくれようとしているんだい?」
「いや、何の話だか・・・」
「あら。この私と駆け引きする気?このマリン様と!」
「そういう訳じゃないだんだが、俺もよく分からないままあなたに会えと言われて・・・」
俺は今までのことをかいつまんで話した。村で脅されて勇者になったこと。勇者になったことを理由に追い出されたこと。魔王退治などという中二感満載の理由で旅をしていること。すると、マリンさんは、「つまりあなたは勇者様・・・」と本人なりの精一杯の艶やかさで言った。
「そして、この愛の伝道師、指名ナンバーワンキャバ嬢、社長と言う名の財布を使いこなす美魔女、マリン様を浚いに来た、と・・・」
何を聞いていたんだ、このババア。
この後、マリンさんの訳の分からない「恋の呪文」だの「愛の方程式」だの話を聞かされたが、気色悪い話だったので省く。一時間くらい話を聞かされたが、愛の話以外を要約するとこうだ。
先週、ゴブリンと呼ばれるモンスターが村を襲った。ゴブリンは単体なら蹴飛ばせば倒せる程度のモンスターなのだが、弱い者の常でとにかくいつも群れている。そして群れていると強気になる。
村人総出でゴブリンを蹴飛ばし、数時間かかってなんとか撃退したものの、村でも結構可愛い方の娘、リリアちゃんと親友のノブコちゃんがいなくなっていたらしい。村中を探していると、「使途」と名乗るゴブリンがやって来て言ったのだそうだ。
「娘ふたりを頂いた。返してほしくば村中の財宝を渡せ。言っとくけどお、俺らのボス、マジ強えから。結構でけえ組バックについてっから、マジやべえよ。お前らマジで知らねえし。俺らのボス、怒らせたら、ヤマダとかもマジ、エグイことなったし。っつうかヤバすぎてもうマジヤバイし」
なぜ途中から急にチャラくなったのか、そしてヤマダとは誰なのかはさっぱり分からないが、とにかくリリアちゃんとノブコちゃんを助け出してくれる勇者を探しているのだそうだ。
「蹴飛ばして勝てるなら、みんなで行けばいいじゃん」
「マジで、ボスやべえから」
マリンさんまでチャラくなっている。
マリンさんは窓の方まで歩いて行くと、外を眺めながらため息をついた。
「見ての通り、この村には年寄りばかり・・・。あんなにたくさんゴブリンを蹴り飛ばしたらから、もうみんな足はパンパン・・・」
そこまで言って、マリンさんは急に振り返った。その拍子に腰をひねったらしく、「むぐっ・・・」という声を漏らしたが、なんとか我慢して続けた。
「若いあなたには分からないわ!歳を取ると、筋肉痛は一日やそこらじゃ取れないの!筋肉痛だけじゃない・・・。足を攣った人なんてまだマシな方・・・。ぎっくり腰やヘルニアの悪化、肉離れ・・・。もう蹴飛ばせる状態じゃないの!」
涙を浮かべての熱弁だ。なんだかドラマチックに演じているが、内容としてはしょうもない。
マリンさんは窓を開けると、叫んだ。
「おーい!皆の衆―!勇者様が、来ったぞーい!うぇーい!」
俺は慌てて「おい!何やってんだ!」と叫んだが、時既に遅し。
マリンさんは親指と人差し指で丸を作り、頬に当てて「でへべろー♪」と言った。このババアの頭になら躊躇なく剣を振りおろせる気がする。
まずい。魔王を倒すための旅なのだ。ゴブリン退治などしている場合ではない。俺は急いで屋敷を出たが、既に村の老人たちに囲まれていた。みんな一様に足に包帯を巻いている。さっきまでしていなかったおばちゃんたちは、松葉づえまでついている。
「くっ・・・」
老人たちが距離を詰めてきた。俺は一歩も動けないほどに追い詰められた。たちが悪いのは、老人たちはみな俺の顔を見つめながら「アリガトー、アリガトー」と言っていることだ。脅されでもしたらまだ抵抗しやすいが、老人たちは既に俺がゴブリン退治をしてくれるものとしてお礼を言っているだけなのだ。やたらと棒読みで、感情がこもっていないのが少しばかり気になるが。
二階の窓から顔を出していたマリンさんが大声で言った。
「勇者様の勇気をたたえて、今夜は宴じゃー!レッツ・パーリー!」
老人たちが一斉に「Woooooooooooooo!」と歓声を上げた。すでに踊っている老人もいる。肩を叩かれた俺がそちらを見ると、ひとりの老婆がグータッチをしてきた。
どうやら愛の伝道師、指名ナンバーワンキャバ嬢は伊達ではないらしく、見たこともないような豪華な食事と酒が振る舞われた。老人たちがボックスを踏んで楽しそうにしている。どうやらこの村の住人たちはそろいもそろってパーティーピーポー、いわゆるパリピらしく、なぜか皆金髪になっており、ビキニを着てナイトプールに見立てた井戸の周りでくねくねダンスをしている。
そんな老人たちを見て、俺は決めた。
喰うだけ喰ったら逃げよう。
たぶん、この調子だと全員朝までコースだから逃げても気づくまい。幸い俺が泊まっている宿は先払いだから、チェックアウトを省くのは迷惑かもしれないが、金銭トラブルは起こるまい。訳の分からない厄介事を押し付けられ、そのまま黙って承諾するほど、俺は勇者ではない。いや、勇者なのだが、それだってかなり無理やりだった。
だがひとつ、学んだことがある。
勇者。
ただの称号ではあるものの、誰もが知る称号でもある。誰も実体などよく分かっていないのに、勇者を見るとなんだかありがたがる。職業ではないし、報酬もでないが、それでもこのようにもてなしてくれる村も、この先あるに違いない。
使えるのではないか。
そうだ。俺は夜中にこっそり逃げることを考えていたが、明日堂々とみんなの前で出発しよう。村人たちが行けない危険な場所に向かうのだ。その後戻って来なくても、勝手に納得して諦めてくれるに違いない。
そんなことを考えていると、肩を叩かれた。横を見ると、ガウンを着こみ、夜だというのにサングラスをかけた珍妙な男が俺の肩に手を回し、グータッチをしてきた。
「話は聞いたよ。Yeah」
突然そう言ったかと思うと、目の前のボトルをラッパ飲みし、俺を指さして言った。
「ヘイ、YO。俺のばあちゃんの世話になってるって?ちゃんとアゲてる?」
なんだこいつは。変な風に首を前後に揺らす男が、妙に馴れ馴れしく顔を近づける。奇妙なドヤ顔が鼻につく。
「今日は楽しんじゃいなよ」
俺は誰の世話にもなっていない。世話をしそうにはなっているが。いや、その前に。そもそもお前、誰だ。
俺がそう言うと、この珍妙な男はリズムに乗って言った。
「《俺は使う、愛の魔法。俺は掴む、町の希望。そして俺は睨む、破壊の魔王。俺はそう、愛の魔道士、お前の同志・・・》、えっと・・・。Hey,YO!」
なんだかよく分からんが、この男の言っている「俺のばあちゃん」は誰だか予想がつく。たぶんマリンさんだ。俺は人格形成においては遺伝子よりも環境の方が強い影響を及ぼすと思っている。しかし、あのマリンさんの遺伝子を受け継ぎ、常に彼女がいる環境で育てば、こんな訳の分からない人間になり、愛の伝道師だと魔法使いだののたまってしまうのだ。その前に、普通にしゃべれ。あと、俺の気のせいかもしれないが、最後は何も思い浮かばなくてごまかそうとしたように思う。
しかし、男はそんな俺の感情などどこ吹く風で続ける。
「《俺はグラス、掴む片手に。そして飲み干す、目もくらむドンペリ。そして夕べに、感謝全てに。Hey、YO、掴む栄光。成功するにはまず行動。衝動押さえらないこの状況、に気分は上々!本能がかき消す妄想と煩悩。上等なライムで進むこのロード。平等に始まるこの競争。でも速攻上がるぜここの頂上。そして早々に獲るぜこのビルボード!!YO!!!》」
渾身のドヤ顔を俺に向けてきた。前回と違って何かを言いきれたらしい。正直、かなり絡みにくい。
おもむろに手を差し出してきたかと思うと、「ロメロズィー!」と言った。相手した方がいいのだろうか。
しかし、男は俺の困惑に興味もないようで、俺の手に一瞥くれると、もう一度手を差し出し直して、また「ロメロズィー!」と言った。
なんだかよく分からないけど、握手した方がいいのだろうか。そっと手を握ると、「NON!」と言った。
「名前だよ、名前」
「ああ」
自己紹介をしろと言っているのか。とすると、さっきから男が言っている謎の単語「ロメロズィー」とはこの男の名前なのだろうか。
よく分からないが、おそらくこの男は自分のルールを人に押し付けるタイプで、きっと握手しながら自分の名前を叫べ、ということだ。
「タロー」
言いながら手を差し出すと、「Oh、Yeah!」といって手を握り、なぜか握り直し、また握り直し、そしてグータッチした。
「ちょっと挨拶しとかなきゃなって思ってさ。俺はロメロ・Z。ロメロに、アルファベットのZ。発音はズィーね。《この町の長老、マリンの孫で候!Yeah!》」
ロメロズィーでもロメロゼットでもどっちでもいいが、見た目と同じくらい珍妙な名前を堂々と名乗れるあたり、さすがはマリンさんの孫といったところか。種類は違うが、同じ匂いがする。
「リリアちゃんとノブコちゃんのこと、聞いたよ。助けに行きたいって?」
リリアちゃんとノブコちゃんのことは聞いたかもしれないが、情報がどこかでねじれたようで、なんだか俺がそれを望んだかのようになっている。正直少し腹が立ったが、もしここでそれを否定しようものなら、喰うだけ喰ってサヨナラする俺の計画に支障をきたしそうだから、ただ俺は何もいわずに親指を掲げた。たぶん、この男はそういうノリが好きだ。
俺の予想は的中したようで、ロメロ・Zは嬉しそうに「Yeah!」と言いながら俺の肩に手を回した。
「長老の孫として、ほっとけないじゃない?で、激励しにきたって訳」
意外と律儀なようだ。ロメロ・Zとやらは見た目こそ社会性とは距離を置いてそうな感じだが、どうやらこの村のじいさんばあさんたちよりは、他人を思いやれるのかもしれない。だからと言って俺が食い逃げするという予定は変わらないが。
「ばあちゃんに聞いたけど、バトル一回戦、ゴブリン?いいバトル期待てるぜ?」
バトルだとか一回戦だとか、この男はゴブリンが襲来してきた時、どこで何をしていたのだろうか。何も知らずに部屋で「YO、YO」言っていたのだろうか。それとも、この男なりの表現なのだろうか。俺に分かるのは、この様子のおかしいロメロ・Zと名乗る男が、娘がふたり連れ去られたという事実も、今目の前にいる男が食い逃げする気満々だという事実も、目を背ける訳でもなく直視しているつもりでありながら全く別の物を見ている事実も、何も見えていないということだ。
アホめ!
俺は笑いを押し殺して下を向き、大人しく飲食を続けた。その横でロメロ・Zは、元気に「Yeah!」とか「YO!」とかずっと言っていた。俺の気も知らないでじいさんとばあさんたちが陽気に踊り狂っている。こうして、今地上で最も生産性のない時間を過ごしているであろうお花畑な村の夜が、明けようとしていた。
最初のコメントを投稿しよう!