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テレビの天気予報が梅雨の始まりを告げている。
それを見て、僕は
「雨の匂い、ってあるよね?」
と彼女に話しかける。
すると彼女は答える。
「あれって濡れたアスファルトの匂いらしいよ」
その返答は僕にとって想定外だった。
彼女からは
「するね」
という肯定か
「そんなの感じたことない」
という否定が返ってきて、それが僕の耳に入ってくると思っていた。
しかし返ってきたのは、科学だった。
雨の匂いを感じられるかどうかは個々人に付随する嗅覚的才能の有無だと思っていた。
再度僕は、彼女に話しかける。
「じゃあ、」
しかし途中で言葉を止めた
すると彼女は不思議そうに
「じゃあ、何?」
と返してくる。
「いや、やっぱりいいや」
こうしてこの会話は終了した。
翌日
小雨が降る中、僕は傘をささずに歩いていた。
頭上には、今にも豪雨をもたらしそうな雲が広がっていた。
あまりに大きな雲なので、僕は立ち止まって、まじまじとそれを見た。
「これは降るな」
そう小さく呟くと
そう大きく開けていない口の中に雨水が入る。
それは、ほんのり甘かった。
昨日彼女に言いかけたのは、このことだった。
しかし科学で、僕の才能を説明されたくはなかった。
単なる現象として処理されたくなかったのだ。
この甘味は、僕の中だけで留めておこう。
そう思いながら、強く降り出した雨に呼応し、傘を開いた。
辺りには濡れたアスファルトの匂いが漂っていた。
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