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啓によると、父は若い頃、いくつもの植民衛星で胎児細胞や女性の卵子を違法に手に入れ、人体実験をくりかえしていたらしい。だから『あすか』つまり私は、アスカが胎児の時に母の腹から細胞を採集し、培養して作られた人間なのだという。
「俺の本職は、宇宙警備局の捜査官だ。地球へは臓器売買の闇取引を摘発するためにきた」
そしてこの緒方博士は、と啓は父を指さす。
「以前から、容疑者リストに名前が上がっていた人物だ」
「嘘よ」
私は反論した。たしかに私は写真でしか母を知らない。父からも、ただ死んだとしか聞かされていない。だけど信じられない。啓の言葉は、下手な舞台役者よりずっと滑稽に聞こえた。
「アスカ・オズボーンは俺の恋人で、彼女の右太ももには細胞採取の傷があった。君の右太ももにも、まったく同じ傷があるだろう」
だからもう言い逃れはできないぞ、と啓は父に宣告する。だからって、どういう意味。私の顔から音を立てて血が引いていく。
「ちょっと待ってよ。つまり私は……、クローン人間なの……?」
「ちがう」
四つん這いになって拳を握りしめていた父が、その時ようやくかすれた声を出した。
「造りモノの人間だったのは、アスカのほうだ。あすか、おまえじゃない」
啓がぴくりと身じろぐ。
「この後に及んで、言い逃れか」
「いいや、真実だ」
父はがんとして引かなかった。
「君もアスカの恋人だったなら、思い当たる節があるはず。クローンの胎内には正常卵子がない」
「な……」
「つまり妊娠できない。アスカが生殖できないよう、遺伝子操作を施したのは私だ。クローンは労働人口の増加に貢献すべきだが、子孫繁栄の手段とすべきではない」
「なんだと」
「だが胎児だった我が子から実験体を造った時、妻はたとえクローンでも、本人の同意なしに体を造り変えるのはおかしいと抵抗した。それで離婚したあとも、不憫がってアスカをひきとったんだ」
そうか、あの子は死んだのか、と父は立ち上がって啓に問う。どうだ、アスカの出来は完璧だったろう。惜しいことをした。
「嘘だ。適当なことを言うな!」
「嘘じゃない。アスカの脳には、デバイスチップも埋めてある。おそらく別れた妻が、心肺停止までの全データを持っているはずだ」
調べればすぐにわかることだぞ、と父は神経質に笑った。
「君だって薄々気づいていたんじゃないか、クローニングで生み出されたのはアスカだと」
私は父の尋常でないまなざしが恐ろしくて、身がすくんで動けなかった。
「これから人を、完全に再現できる時代がくる。すばらしいじゃないか。君はこれを、技術革新だとは思わないのかね?」
啓が歯を食いしばったのが見えた。
「ちがう、あなたがしでかしたことは犯罪だ。アスカ……あいつが、どんな気持ちだったか……っ」
「罪か。なら、おあいこだろう」
父は血走った眼で啓をにらみすえる。
「高木君は今夜、私と娘が家族として紡いできた絆と信頼を断ち切った。あすかには母も兄弟もいないのに。私が捕らえられたら、天涯孤独の身になってしまうというのに、だ」
なあ正義とはなんだ高木君、と父は問うた。
「たしかに私は禁忌を犯したかもしれない。しかしその結果、今後救われる人間のほうが多いのだぞ。人によって正しさの基準はちがう。なのに君は、自分の義をふりかざして他人を踏みつける。大義名分さえあれば、なにをしても許されるのかね――?」
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