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朝四時半。手早く着替えて鏡を確認する。広い額に切れ長の瞳。薄くそばかすの浮いた鼻、白い頬、口角の上がった唇。二十七になった、これが今の私だ。
階下の作業場ではもう朝の仕込みが始まっていた。パン生地を練る機械が回転し、発酵器より淡い湯気がたつ。オーブンからはパンの焼ける香ばしい匂いが漂っている。
「……おはようございます」
十畳ほどの室内に入室するなり、今日も丸めと成型お願いねと声をかけられた。作業に入りほどなく、暗かった窓の外が明るくなってくる。
と、外で自転車の止まる軋んだ音がした。
「ちょっと、あすか」
オーブンの具合を確かめていた冴おばさんが振り返りもせず私に言った。
「用事、聞いてきて。おおかた観光ガイドのお手伝いだろうけど」
はい、と軽く返事をして手袋を脱ぎ、裏口の扉を開ける。すると、はたして小太りのおじさんが自転車にまたがったまま、おはようと片手を上げた。役場の太田さんだ。
「あすかチャン。今日また、いいかなぁ」
「……案内ですか?」
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