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太田さんは意を得たように、頭を振る。
「そう。午後三時半に海浜公園前。相手は第七植民衛星の人だってさ」
第七植民衛星。心臓がどくんと鳴った。
「海洋設置公社の責任者らしいよ」
胸がざわざわと締めつけられる。なんだか嫌な予感がした。
「あの……っ」
けれど断ろうとする気配を察したのか、太田さんはんじゃ、よろしくねーと語尾をあげ、自転車をこいで行ってしまう。
ひび割れた道端に引っかかった桜の花びらを眺め、ため息をついた。
この海辺の街に引っ越してきてもう一年たつ。長いようで短かった。父の遠縁にあたる冴おばさんを頼って、東京から移り住んできたのは去年の春前だ。
街案内ボランティアなんて、本当は断りたい。
でもこの街で人とつながらずに生きるのは難しかったから、おばさんから行けと命じられれば、逆らわないようにしていた。
かつて住んでいた高層マンションの生活とは、雲泥の差の日々。
(それでも、一人であの悪夢を見つづけるくらいなら……)
不便で地味なこの暮らしも、面倒な人間関係だって、笑って受け入れられる。
(独りになったら、またアスカの声を聞かなきゃならないもの……)
一年前、私はすべてを一度に失った。
半身を引き裂かれるような苦痛のあと、この手に残ったのは、砂のようにさらさらと乾いた時間だけ。その空白を世捨て人のように周りに流されながら、私はぼんやり過ごしている。
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