Doppel~ふたつの私~

4/14
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
太田さんは意を得たように、頭を()る。 「そう。午後三時半に海浜公園前。相手は第七植民衛星(コロニーセンター)の人だってさ」 第七植民衛星(コロニーセンター)。心臓がどくんと鳴った。 「海洋設置公社の責任者らしいよ」 胸がざわざわと()めつけられる。なんだか(いや)な予感がした。 「あの……っ」 けれど(ことわ)ろうとする気配を(さつ)したのか、太田さんはんじゃ、よろしくねーと語尾をあげ、自転車をこいで行ってしまう。 ひび割れた(みち)(ばた)に引っかかった桜の花びらを(なが)め、ため息をついた。 この海辺の街に引っ越してきてもう一年たつ。長いようで短かった。父の遠縁にあたる(さえ)おばさんを(たよ)って、東京から移り住んできたのは去年の春前だ。 街案内ボランティアなんて、本当は(ことわ)りたい。 でもこの街で人とつながらずに生きるのは(むずか)しかったから、おばさんから行けと命じられれば、(さか)らわないようにしていた。 かつて住んでいた高層マンションの生活とは、(うん)(でい)の差の日々。 (それでも、一人であの悪夢を見つづけるくらいなら……) ()便(べん)で地味なこの()らしも、(めん)(どう)な人間関係だって、笑って受け入れられる。 ((ひと)りになったら、またアスカの声を聞かなきゃならないもの……) 一年前、私はすべてを一度に失った。 半身を引き裂かれるような苦痛のあと、この手に残ったのは、砂のようにさらさらと(かわ)いた時間だけ。その空白を世捨(よす)て人のように周りに流されながら、私はぼんやり過ごしている。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!