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それからも啓は、頻繁に私に絡んできた。同じ部署、所属で、四六始終顔をつきあわせていては親しくならない理由もなく……やがて残業帰りに食事するようになり、週末に行楽地にでかけたり、頻繁に互いのマンションを行き来するようになって。
気づけば啓は、まるで最初からそこにいたように私と同棲していた。
愛していた。頬をかたむけて遠くを見る仕草も、几帳面でまじめな性格も。本や資料を読むときに時折眉をしかめるくせや、スーツを着ている姿からは想像できないくらい、無駄な肉のない鍛えられた体躯も。
啓は料理がうまかった。特に肉じゃがとほうれん草のごま和えと、ひじきの煮物は絶品だった。薄味でだしの風味が効いていて。
男の手料理の虜になるなんて、と思ったけれど、私は啓の作ったものなら大概なんでもおいしく食べられた。
あとから思えば、それも当然だったのかもしれない。啓は私を知りつくしていたんだから。
「いつか、あすかを月につれていく。地球育ちの君に、月から見える母星を見せてやりたいから」
青白い月明かりの中で寄り添いながら睦言を呟いた時、啓はなにを考えていたんだろう。
それからほどなくプロポーズされ、私は幸せに浸りながら啓を実家に連れていった。父も喜んで迎え入れてくれた。そのあと、あんなことになるとも知らずに――。
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