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その夜、実家に留まった私は、夜半に喉の渇きを覚えて二階の部屋から寝間着のまま階下に降りた。
そして見てしまったのだ。
薄暗い父の書斎で、もみ合っている二つの影。ぶ厚い絨毯の上には、論文が大量に散らばっていた。最初は物取りが侵入したのかと警察を呼ぼうとしたけれど、罵りあう声は両方、聞き覚えがあるものだった。
だから震える指で、私は部屋の灯りをつけた。
「なにをしてるの、父さん、啓。やめて!」
叫ぶなり、影たちはたちまち凍ったように動きをとめる。
わけがわからなかった。
父は呆然と私を見つめながら、なんで起きてきた、と呟くし、啓は父を睨めつけるばかりで、ちっとも私を見ようとしなかった。
「なに。これは、どういうこと?」
「あなたは卑怯だ、緒方博士」
けれど啓は、ぞっとするほど冷ややかな視線で、父を威嚇するのをやめなかった。
「俺のアスカは、あなたみたいな狂科学者のせいで死んだんだ。いいかげんに観念しろ」
「啓……?!」
あっけにとられ、私は父を見る。それでも父はまだ座りこんだままでいた。
「あなたが話さないなら、俺が話そう」
いらだちを露わに、啓が立ち上がる。
「あすかも、真実は知っておくべきだ」
それから私は硝子が砕け散るように、啓と育んだ幸せが幻なのを理解したのだった。
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