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ねぇ、覚えてる? と、わたしは囁きました。
いつものように、大きく肩を揺する歩き方、「お前はアイドルで、ヤクザじゃない」と何度、大人に注意されても、改めなかった歩き方をしていたハルは、ふと立ち止まりました。わたしに向けられた瞳はいぶかしげで、
「何? 何か言った?」
わたしは首を振って、「ううん。何も。それよりステージがんばろ」と答えました。
――二人の最後のステージを。
そう付け加えたかったんだけど、それは心の中だけにして。
アイドルなんかもうやってられない――。
ハルはそう言ってると、大人から聞かされたのは半年ほど前のことです。
わたしといると息が詰まる。上辺だけで、心から笑えない。いい加減独りでやりたい。
あのコのお守りはもうイヤ。
――そう言ってると。
ハルがそう言うのなら、彼女のしたいようにさせてあげて欲しい。と、わたしは言いました。
大人はわたしがもっと怒ると思っていたようです。目に浮かんだ不信の色が、不意に、理解の色でかき消されて、
「ああ。君もうんざりしてたんだね」
そういうことにしておきました。それで、ことが簡単になるのなら。
元からわたしたち自身が組んだわけじゃなく、大人が造ったユニットです。今日からあのコと組んでほしいと、言われて始まったのだから、終わるときぐらいは、わたしたちで決めたい。
振り向いたまま、大きな目で、わたしをにらみつけるようにしていたハルは、ふぅっとため息を吐いて、
「うん」
そうしてから前を向いて、歩きはじめます。また肩を怒らせて。
あれは何時のことだったか。「お前は菅原文太か」とハルが言われて、なんのことだか分からなくて、調べてるうちに、「仁義なき戦い」を動画配信で見つけて、二人できゃあきゃあ言いながら見た。
わたしは一人笑いをします。
ねぇ、覚えてる?
初顔合わせの日、わたし、怖そうな、あんなコと一緒なんて嫌。そう言って泣いたんだよ。
わたしがもう一度そう囁いたときです。聞こえるはずなんかないのに、ハルは立ち止まって、怒鳴りました。
「忘れるはずないだろ!」
でも振り向かなかった。だから追い越して、わたしの方が振り向いてやりました。
こうして、わたしは見てやったのです。ハルの、初めて泣き顔を。
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