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コロナ渦中の闘病日記 -23,開胸手術直後-
「目が覚めましたか⁉」
意識の遠くで誰かの声がする。
左肩を揺さぶられ、何かに引き戻される感じがした。ゆっくり目を開けると男性の看護師が顔を覗き込んでいた。
「分かりますか?ここ、ICUです。手術は終わりましたよ」
麻酔が残っており頭がぼおっとした。そしてほぼ同時に鎖骨の真ん中から胃の少し辺りにかけて激痛が走った。傷口を見なくても痛みで何となくどのあたりまで切られたか想像ついた。
あ、本当に心臓と胸骨切ったんだ。
私、意外と冷静だなと思ったのもつかの間、口に入れられた呼吸の補助器具で息苦しさを覚えた。何か喉の奥の方までチューブ?管?のようなものが…外して欲しい。
「お、目が覚めたね。良かった」
男性の看護師に呼ばれて様子を見に来た執刀医の一人D外科医が右側に立っていた。管を抜いて欲しいと左手でジェスチャーするも、気が付かれずに足早に立ち去られた。
スルーされた。
まずい、本当に苦しい。
鼻で息をしているのか、口で息をしているのか、酸素が送り込まれているのか訳が分からなくなった。これを外してっ、まじで苦しい!
近くに板男性の看護師にこっちにこいと辛うじて動いた左手でこいこいと招き、口を指さす。
は、ず、せ。
「すみません、それ医師じゃないと外せない
んです。今、先生呼んできます」
え、裂かれた胸も痛いけど、呼吸がうまくできなくて辛いのだが…。
今でも時刻をはっきり覚えている。夕方の5時。それから30分!医師が来なくて苦しむこと30分!地獄だ、下手に意識が戻ったから苦しい。けど、外せない。誰でもいいから外してくれ!
右腕は点滴が刺さっており、右の首にはCV(静脈カテーテル)が入っている。(オタクの私はCVと聞くとキャラクターボイスの(ryだと反応する。が、看護師に後日話したら「はぁ?」って顔をされた)
辛うじて動かせた右足でドンドン、左手でバンバン、ベッドの柵を叩いた。男性の看護師に「先生を呼んでいるからもうちょっと我慢して」と言われても、私の身体が拒絶した。酸素マスクじゃないじゃん!?何をつけられているんだ!?
苦しいんだけど!
バンバンICUに響き渡る音に驚いてD外科医が駆け寄ってきた。
「こりゃ駄目だ」
いや、ダメってか無理です、早く外して、この酸素を吸入しているチューブ?管…もう何でもいいよ、外してくれ。
D外科医が慣れた手つきでやっと外してくれた。苦しさのあまり思いっきり呼吸をしたらまたも激痛が胸を走った。そうだ…心臓のすぐ近くが肺だから痛いはずだ。
痛みで頭が完全に冴えた。
顔を左に向けるとD外科医を呼びに行ってくれだ男性看護師がにやにやしながら私を見ていた。
「人生でトップスリーに入る痛みだったでしょ」
そうですね。
返答する余裕もなく、というか、電気メスで切られた箇所が痛くて返答できる状態ではなかった。呼吸は自力でできたが、鼻からチューブを入れて酸素吸入に切り替えられた。容態が急変して呼吸ができなくなると困るので念のためだ。やっと一息ついてぼーっと天井を眺めていた。
ピー、ピー、ピー、ピー、ピー
ビー、ビー、ビー
ICUってこんなに機械音がうるさいんだ…。
徐々に意識が安定してきて両目をキョロキョロさせながら室内を観察した。
暫くすると執刀医のK外科医が様子を見に来た。
「目が覚めましたが。良かった」
ほっとした様子で私を見ていた。
パートナーがPCR検査を受けて陰性だから院内に入ってもらったこと、これから手術の経過と現状について説明をしてくるから少し待って欲しいと言われた。
手術は何と実働4時間で終わった。すごい、K外科医すごい。心臓の手術を4Hで終わらせた…。足早に立ち去るK外科医に感謝の意を込めて手を合わせたかったが、身体中管を通されているし、胸は痛いし、動けない。
18時過ぎにパートナーがICUに来てほっとした表情を浮かべながら「頑張ったね」と言ってくれた。左手でパートナーの手を握ってうんうん頷くのがやっとだった。
後日、その時の私の様子を聞くと、顔が真っ青で幽霊みたいだったという。貧血を起こしていらようで「顔が真っ青だから心配したんだよ」と他の看護師にも言われた。
コロナが無ければ集中治療室の隣の待合室で患者を見舞う家族や親族やは待っていることができるのだが、このようなご時世なのでPCR検査を受けて陰性が出てからでないとICUに院外の人は入れない。しかも会えるのは代表者一名だけ。
会えるだけましだと思ったが、面会時間はわずか5分。
K外科医に促されICUを後にするパートナーを見て名残惜しかった。
感傷に浸るのもつかの間、今度は喉が渇いて水が欲しくなった。
術中は全身麻酔をかけていたので消化器も麻酔で強制的に休んでいる状態だ。急に水分をとると胃が受け付けず吐いてしまう恐れがある。
わかっていても喉の渇きにはあがらえずナースコールを押した。喉が乾燥して渇いた咳が出ると傷に響いて悲鳴をあげたくなった。が、喉がかすれて声もろくに出せない。
慌てて駆け寄て来た看護師がコップに氷水を入れて持ってきてくれた。
飲んでいいのかと思いきや、医師の許可が無いと水を飲めないとのこと。看護師が太い綿棒の先を氷水で浸し、ゆっくり口の中を湿らせてくれた。
10分後、また喉が渇く。忙しいところ申し訳ないと思いつつ、何度か口の中を氷水で湿られてもらった。
暫くすると水分摂取の許可が下りた。一気に飲むと危ないからゆっくり50ミリリットルの水をゆっくりかけて飲む。が、10分後に全部吐いてしまった。まだ麻酔で胃が起きていないようだ。
幸い左手の近くにボックスティッシュがあったので、夢中でティッシュを何枚か引き出し濡れた手術着や首元を拭った。
何というか、手術しましたー!無事です無事ー!と感動する気力もなく、ただただ痛みに耐え、天井を眺めて大人しくしているしかなかった。手術といい、術後といい、全く未知の経験だ。何度か入院を経験していれば「このあとどうなる」か予想がつくだろうが、今の私には全く予想ができない。自分がどんな容態で、いつ外科の病棟に帰れるのか考える余裕もなく、とにかく痛かった、何とも形容しがたい激痛が胸に感じていたことしか印象にない。
勿論、夕飯を取れるはずもなく、ひたすら痛みに耐えた。不思議とお腹が空かない。水を飲んだだけで吐いたのだから、食事はしばらく無理だろうか?
あと辛かったのは「たん」がやたらと出る。無理をして出そうとすると、これまた痛い。看護師らがチューブで何度か吸引してくれた。しかし、自力でたんを出すのもリハビリなので、溜まってきた頃合いをみて無理せず出すようにした。
そうこうしているうちに、消灯時間になった。ICUにいると時間の感覚がなく、看護師が持ってきた睡眠導入薬を飲んでそのまま寝てしまった。
余談だが、心臓のすぐ真後ろを食道が通っているため食道に何か通す度に痛みに襲われる。数日たてば次第に痛みは引くのでご安心を。
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