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「……おえっ。」
眼鏡がずり落ちそうになったイズミは脂汗をかきながら、横たわる。
(その、なんかごめんな…。)
心の中で少し謝る。あの後、カレーをたらふく食べて、食べさせ、満足した仁志は「風呂に入る」と言い出し、俺ら二人は部屋を出た。こうグロッキーな状態になったイズミは、居た堪れない気持ちになった俺によって俺の部屋で看病されている。もともと中性的でイケメンの部類に入っていたであろう顔は唇が腫れ、いまだ目に薄く涙を浮かべている。
「うっ、仁志の野郎……、僕が猫舌やって知ってて、やってんのかよ。こんなにカレー食ったの初めてだし……。うぅ、死ぬ」
部屋の端でうずくまるイズミに慌てる。
「おわぁぁああ、わ、悪い!俺も仁志さんがあそこまでやると思ってなくて」
「…仁志は根性バカだから、社畜様々ってカンジだよ。」
「仁志さんって大家じゃないのか?」
「大家だよ。でも、もともと××商社の商社マンだったんだよ。」
「え、すっごい大手!じゃあ、なんでこんなところに…」
そこまで言って、俺は口をつぐむ。××商社はエリートが集う日系企業の最大手だ。自分から転職なんてまずしないだろう。
「…僕にきくなよ、ここから自分できいたら」
きけるわけないだろう。そう思ったが、言い返すことはしなかった。
少しの間の沈黙。
「もぉおおぉー、辛気臭い!!気分悪いし、甘いもの食べたくなった!!僕、コンビニ行くから」
イズミはうざったそうな顔をして、重そうに体を起こす。
「あーーー!!ちょっと待て、甘い物、スイーツが食いたいんだな?」
「そうだけど、何…」
「じゃあ、俺が作るから!気分悪いんだろ!そこで寝とけ!!」
「えぇ、何、急に」
見るからに困惑しているイズミを見て、俺も自分が何を言っているのかよくわからなくなってきた。なんだか迷惑をかけたのはコイツの方なのに、俺は一体…。
「んあぁ!!!いいから、座っとけ!」
面倒くさいことは考えない。こちとら小さい頃から家事やってんだよ!スイーツの一つや二つくらい作ってやるよ!!謎の使命感にかられ、何もないはずの冷蔵庫を漁る。何もないといっても何かある。それが俺ん家の台所だ!
トントントン__
「よしっ、出来た」
「フーン、おいしそうじゃん」
「当たり前だろ。気合い入れて食べろ!」
イズミはすん、と鼻を鳴らして俺の作ったスイーツを見る。あり合わせのもので最高のパフォーマンスをする。それが主婦(?)の醍醐味だ。
「はいはい、いただきます」
イズミが一口目を頬張る。
「あ、うま…」
口から漏れ出たようなその言葉に思わずガッツポーズをする。
「ふ、なにこれ、めっちゃ美味しいじゃん」
「だろ!冷凍庫の奥に眠っていたバナナとイチゴ、そして餃子の皮だ」
「え、このクレープみたいなのって、餃子の皮なの?小さくて可愛い…」
その驚いた顔が見たかったんだよ!主婦(?)冥利に尽きる。牛乳と冷凍バナナをミキサーにかけ、アイスっぽくし、無塩バターで少し焼いた餃子の皮で包む。同様にイチゴも作る。粉砂糖を少しまぶせば出来上がりだ。
「ほら、小さいほうが食べやすいだろ。唇も痛そうだし、あんまり腹にたまらない感じにしたから」
「ふぅーん、そこまで考えて…」
イズミは何か言いかけてから、また黙々と食べ始める。結構食べるな…、絶対残すだろうから俺も食べれると思ったのだが。スイーツは別腹ってやつか?
ジー、と食べる姿を見ていたら、その俺の視線に気づいたのだろうか、イズミはチラッとこっちを見た。
「なに?欲しいの?」
「え、いや、カレー結構食ってたから、大丈夫かなって、」
「そんな物欲しそうな目で何言ってんの?ほら、口開けて」
「あ、はい」
なぜか敬語になりつつ、恐る恐る口を開ける。俺の口に入れる寸前に何故かイズミはふわりと微笑み、俺はその顔にドキッとする。
「あ、やっぱおいしい」
「でしょ?」
「なんでお前が言うんだよ。俺が作ったんだぞ」
何故か我が物顔のイズミはクスクスと笑いながら、俺にこう尋ねる。
「ドキッとした?」
「は」
何言ってんの、と続けようとしたが、何故か喉が震えず声が出ない。イズミは思い出したように最後の一つを平らげ、「ごちそうさま」と手を合わせる。
「本当においしかったよ~、ありがとうねぇ」
「お、おう」
「じゃあ、後3か月しょうがないから付き合ってあげるね、?」
昼初めて見た時と同じようにのらりくらりと立ち上がり、ドアを開ける。「またね~」と、間延びした声で言った。ドアがガチャンと閉まった音がしたと思えば、俺は重大なことに気づいた。
「アイツ、昼のことめっちゃ覚えてるじゃねーか!!!?」
____(あと3か月は付き合ってくれって言われてるんだ。)
やっぱりイズミ__都合の良い男だ。次あったら文句を言ってやると心に決めた。
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