多分、クズ

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多分、クズ

  「ふうぅぅ…」  俺は新しいベランダで伸びをする。荷ほどきも終わり、一段落ついたところだ。最初アパートを見たときはどうなることやらと思ったが、会社が斡旋してくれただけにちゃんとしている。キッチンも広く床もきれいにされていて、案外住み心地は良さそうだ。  ふとお腹の音が鳴る。確かに昼飯をまだ食べていなかった。冷蔵庫の中を確認するが、あの忌々しい隣人のせいで家にストックしてあった総菜たちがすべてダメになってしまったことを思い出した。謎の紫の液体が俺が丹精込めて作ったご飯たちにかかっていた光景は、今でも卒倒ものだ。 「うえ、…いやなこと思い出した」  少し気持ち悪くなり、今日はコンビニで昼飯を済ますことにした。ツナマヨのおにぎりを思い浮かべながらドアを開けると、細身の傷んだ金髪の眼鏡をかけた男が吹っ飛んできた。 「うわああああぁあぁ!!!??」 びっくりして思わずドアを閉めるが、男の腕が引っかかる。俺はパニックになり、男の腕を挟んだまま無理矢理閉めようとしてしまった。 「痛いっ!!おい、挟むな!おいっ!!いてぇから!?」 細身の男はドンドンとドアを叩き、俺は何とか正気を取り戻し男の腕を開放する。「あ…すいません…」と男に小さく言おうとするが、その声はかき消された。 「伊藤さんっ!!!あんたほんとなんなの!?今更アタシと付き合えないなんてっ!?」 「えぇーと…それはあれじゃん?交際ってのは双方の合意があってこそのものでしょ、ね?だから、そんなカリカリしないで梅ちゃん?」 「だぁぁれが、カリカリ梅ですってぇ!!?私は桜!!機嫌取りの名前くらい間違えんな、クソ野郎!!」 俺は茫然とその修羅場を見ていた。その、桜というかなり逞しい女性は凄い剣幕で男の胸倉をつかみかかっている。 「うえ~、ご、ごめんてっ!でも今は本当に付き合えないんだよ」 「はぁああぁぁぁ???その正当な理由を言いなさいよっ!!」 金髪眼鏡男は当然と言った様子でドアに隠れていた俺の肩を掴み、自分のほうへ引き寄せた。 「実は僕、いや僕たち、付き合ってるんだ。」 「「は、はぁぁああ!!?」」 女性と俺は声をそろえて叫ぶ。女性はわなわなと震えて俺のほうを指差した。 「じゃ、じゃあ、アタシよりこの冴えない男を選ぶってわけ!!??」 さ、冴えない男…。確かにイケメンではないとは分かっているが、女性にそういうことを言われるとは…つ、つらい。というか、なんで修羅場に俺は参戦してるんだ!?? 「いや、そういうわけじゃなくて…実は別れたくないってせがまれてて。あと3か月は付き合ってくれって言われてるんだ。だから、桜ちゃん、君とはちゃんと付き合いたいんだ。だから、後3か月。待ってくれないか」 「え、ちょっ?俺は違くて…」 「伊藤さん…」  桜は男に振り下ろそうとしていた拳を下げる。今にも泣きだしそうな女性の顔はとても痛々しかった。本当にこの金髪眼鏡男が好きなのか…。 いや、俺は何を納得しているんだ??巻き込まれてるのは俺なのに。本当のことをいわなければ! 「あのっ!!」  俺が言いかけた途端、桜は真っ赤な顔を上げた。 「っ、そうやって、誤魔化してきたのは、もう何回目よっ!!!確かに、男は初めてだけどっ…うう、くたばれっ、クズ野郎!!!!!」 「ブフォッ!!!!」 桜は細身の男に綺麗にアッパーを入れ、俺の方を睨むと、 「頼まれてるとかかもしれないけど、アンタも同罪だからっっ!!」  ぺち、と音を立てて俺の頬を叩いた。桜はふん、と踵を返し、俺たちの元を去っていった。    「いった…」
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