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彼が来たときは、適当にのさばらせておく。はじめの頃は追い返すことに苦心していたが、どうでもよくなった。なんだかんだと言い訳をつけ、彼の気が向くまでは帰ろうとしない。
彼はこの辺りに住んでいるというが、碧もよく知らない。あまり知りたくなかった。
彼とは日用品も扱う酒屋で出会った。
ここへ来た初日、食器用洗剤を買いに行き、はじめて顔を合わせた。
彼は印象深かった。さびれた町にそぐわない。きれいな鼻筋に、額に落ちる前髪の間から碧を見る目が黒々とし、吸い込まれるようだった。くたくたのTシャツにジーンズという出で立ちなのに、妙に目を惹いた。
この町で、彼のような人に遭遇するとは思わなかった。
ふたたび会ったのは翌日、洗濯洗剤がないと気づき、店を訪れたときだった。
彼は碧に気がつくと、また会えたね、と破顔した。一瞬気持ちがふわりとし、戸惑い、目をそらした。
店を出ても彼は碧についてきた。はじめは方向が同じだけかと思っていた。
坂道の途中の、これ以上は行き先がこの家しかないとなったあたりで、碧は振り返った。
「なんでついてくんの」
「面白そうだなあと思って」
「それだけでついてくるのって、失礼でしょ」
「いいじゃない。これから知り合いになろうよ」
微笑んだ。
ほだされそうになったのは、1日目の夜が、思ったよりも寂しく思えたからかもしれない。
碧は彼を無視して、坂を駆け上がった。見透かされたような気分で嫌だった。
それから彼は数日おきにこの家を訪れている。
もっと早い段階で追い返せばよかった。
彼は得体の知れない感じがする。近づいてみたいけれど、そうしてはいけなような。
ふたたび足音がし振り返ると、スイカを乗せた皿を持って彼が入ってきた。台所から近い廊下から入ればいいものを、わざわざ玄関を通り縁側から来た。
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