1 スイカの赤い実

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 皮が取られ盛られた実は妙に赤かった。  彼は碧の足元をまたぎ、皿を中央にある座卓に置いた。 「食べよう」 「いいよ」 「なんで? 美味しいよ」  彼が座卓の向こう側に座る。視線が気になり、今度は縁側に向けて寝返りを打った。 「スイカ、好きじゃない」 「嘘だね。俺が見せたとき、のどが鳴ってた」  立ち上がって畳を踏む足音がし、すぐ背後に膝をついたのがわかった。スイカを手にした彼が覗き込む。 「ほら、食べてみて」  低いトーンが鼓膜を騒つかせる。口元に赤いスイカが近づいた。逃げようがない。このままだといつまでもそこにありそうだった。  碧は小さく口を開けた。白く長い指が、赤く温いスイカを押し込む。指は舌先に触れ、唇を撫でる。口端から流れる滴をすくった。 「……かわいい表情して。とって食うわけじゃなし」  額から落ちる後れ毛が碧の頬を撫で、離れた。  碧は口元をぬぐった。  口の中で歯に当たるはずの種を探したが、感触は見つからなかった。あの赤さは種の黒が取り除かれているためだった。  背中の向こうで、スイカを食む音がしている。  濃い緑の繁る枝の向こうに、薄水色の水平線があった。米粒のような船影が見えなくなる。  セミの声が、遠くでしていた。  とって食われるつもりは毛頭ない。  そもそも、とって食うなんて、意味がわからない。 「碧のぶん、冷蔵庫に残してあるよ。食べてね」  しばらくすると、彼はそう言って帰って行った。 「あいつ」  何しに来たのだろう。  そう、いつも思う。  無遠慮にこの家に足を踏み入れ、ただ過ごし帰っていくだけなのだ。  佐良と名乗っていた。その名をまだ呼んだことがない。  彼がいなくなった家の中は、ささやかに届く潮騒だけだ。  畳に、赤い染みが残った。
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