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ーー 2 ーー
誘拐された子どものいるアパートまで来てみた。
あの電話がイタズラであることを願い記憶の再生を続けていたのだが、どうやらわかったのは本物らしいということだけだった。急いでいたのは、あの公園にいる受け子にお金を渡すため。それをオレが邪魔しちまったというわけだった。
しかも、運が悪いことに、まだ金を渡す前だったらしい。
……ヤバイ。罪悪感で押しつぶされそうだ。
見上げるアパートは、プレハブの方がマシなんじゃないかってほどボロボロの木造で、三輪車がぶつかっただけでも倒壊しそうだった。鉄製の階段は錆びに錆びて、今この瞬間にもチリとなって減っていっているようなくらいだ。
犯人はそのアパートの二階、一番奥の部屋にいるらしい。ちょいと裏に回ってその部屋を見てみるも、カーテンがしっかり引かれていて中は見えない。子どもの姿が見えれば記憶を抜き、犯人の数くらいはわかるかと思ったが、そううまくはいかないようだ。
オレは表に回り、犯人の部屋の前に行った。インターホンは……ある。しかもカメラはなく、音が鳴るだけのタイプだ。
オレはインターホンを押した。
ドタ、と中で音がする。古いせいか防音なんて言葉もなく、だいぶ音が響く。きっと廊下も歩けば誰が来たのかわかるくらいひどい音がするのだろう。
念のためドアの後ろあたりに身を隠していると、 ゆっくりとノブが回った。慎重なのか、開いたのはほんの少しで、隙間から誰がきたのか探しているようだった。
まだダメだ。はやる気持ちを抑えながら息を潜める。さらに大きくドアが開き、中から男が顔を覗かせたとき、オレはすかさず能力を発動した。
「……あれ?」
男は一瞬空を見上げ、首を傾げつつ中に戻った。オレを見られたとしても、その記憶も抜けたことだろう。本当は誘拐の記憶ごと抜ければ一番いいのだが、オレの能力は忘却に近く、消去ではない。
今の一瞬忘れたとしても、部屋の中に子どもを見れば思い出すだろう。
『誰だった?』
『誰もいねえ。イタズラか、インターホンの誤作動か?』
部屋の中から声がする。会話しているということは一人ではない、ということだ。さっき抜き出した記憶を辿ってみると、中にいるのは男二人、ということがわかった。
二人か……。同時に記憶を抜かないと、一人が忘れても、もう一人がいる限り無駄ということだ。どうにかして二人同時に部屋の外に出さないと。
さらに記憶を辿る。
部屋の間取りは1LDK。その一番奥の部屋に子どもが閉じ込められている。どうやらさっきの窓がある部屋のようだ。縛られたりはしていないようだが、窓は開かないようにしている。もしそうでなければ縛られたり猿轡をされていたことだろう。
『そろそろ時間だが、連絡はあったか?』
『いや……まだないな』
部屋のなかで犯人たちが会話している。どうやら、金を受け取ると受け子から連絡が入り、それを合図に子どもを解放するらしい。
身代金は……なんだ、30万円?
安すぎねえか、と思ったが、あまり大きな金額だと受け取る方も大変だし、誘拐できる家も限られる。なので少額で数をこなすというのがこの犯人たちのやり方らしい。
確かに、そのくらいの金額であれば、警察に連絡して下手に子ども危険に晒すよりパッと払ってしまえとなってしまう気持ちもわかる。
あのおばさんも、電話を切った後、警察に連絡する前に公園にきていた。もしかしたら今頃は思い出して、焦燥から警察に連絡している可能性もあるかもしれないが、助けを待つのは無駄だろう。あのおばさんも、犯人がここにいることは知らないだろうし……。
と、オレはそこであることに気がついた。
そういえば、なぜオレはここに子どもがいるとわかったのだろう?
あのおばさんは受け子にお金を渡すことしか言われていないのでこの場所は知らない。知らないのだからオレが抜き取った記憶のなかにもここの場所はないはず。
ではなぜ……。
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