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 そんなことを考えていると、いきなりガンガンと音がしてオレは飛び上がってしまった。誰かが鍋の底でも殴っているのかと思う音。何事かと辺りを見渡すと、二階の突き当たりから1組の男女が姿を現した。さっきの音は階段を上がる音だったようだ。  やはり相当音がする作りのようで、廊下も一歩踏み出すごとにギイギイと不快な音がする。二人だから、ではなく子どもが歩いても同じような音がするのだろう。どこも踏み抜けていないのが逆に不思議なくらいだ。 「あーあ、やっぱ金がねえと暇も潰せねえな」  頭の上で腕を組みながら男が言った。その後ろで女もうなづく。二人はオレの前を横切ると、そのままあの部屋の前、誘拐犯のいる部屋の前まで行った。なんとなく、その横顔に見覚えやがあった。つい最近、どこかで見たことあるような気がする。 「えーと、鍵は……」  男がポケットに手を入れている間に、ドアがゆっくりと開く。中から、最初にオレが見たのと同じ男が顔を出した。  カップルが、男の顔を見て固まる。 「お前ら……連絡はどうした?」 「れ、連絡?」  男がへへへと痙攣したように笑う。女に視線を向けるも、女の方もわからないようで首を横に倒した。オレは3人に気づかれないように廊下の隅に体を移動させる。 「……まあいい。金はちゃんと受け取ったんだろうな?」 「金……ですか? いや、今日はバイトもなにもなくて………………ああああ!」  男女が二人して叫び、顔を見合わせた。「忘れてた!」  オレも思い出した!  こいつら、オレが記憶を抜いたカップルだ! こいつらが受け子だったのか!  とすれば、ここに子どもがいると知っているのはこいつらの記憶ってことになる。連続で記憶を抜いたため少し混ざってわからなくなっていたようだ。  犯人の男の顔が怒りで歪む。 「お前ら……なにしに向かったかわかってんのか!」  ドスのきいた怒号に男女はビクッと体を震わせた。 「す、すいません、今からまた行っていきます!」  男が言って、女もガクガクとうなづく。 「また行くって、信用できるわけねえだろうが!」 「す、すいません……」  カップルはもう涙声である。まあ、どこの世界に金を受け取りに行って忘れる受け子がいるかってものだ。  男がさらにドアを開け、体すべてを外に出した。そのままカップルの男の方の胸ぐらを掴む。 「お前ら、俺たちを馬鹿にしてんのか?」 「そ、そんなことは……」  犯人の男の記憶を探る。どうやらこのカップルは、こいつらに借金があるらしい。それもかなりの額の。その払えなくなった金の代わりに、こうして誘拐の手伝いをさせられているというわけだ。 「おい、どうした?」  犯人の男の後ろから、さらにもう一人、男が出てきた。仲間の一人だ。顔が記憶の中のそれと一致している。 「実は」と男が説明すると、もう一人の男も額に青筋を立て始めた。 「なんだてめえ、俺たちを舐めてんのか?」  先ほどとは違い静かな口調であったが、その分迫力があった。胸ぐらを掴んでいた男も、凄みに押されてうっかり手を緩めてしまうほど。  その瞬間。 「に、逃げるぞ!」 「え!? ちょ、ちょっと待ってよ!」  カップルの男が逃げ出し、女もそれに続く。犯人の男もそれに続こうとしたとき、オレは能力を発動した。  一瞬、二人はなにをしていたか忘れ、顔を見合わせて呆然としていたが、ガンガンと階段を降りる音で思い出したらしく、すぐに二人で後を追い始める。危なかった。あの間がなかったら、すぐに捕まっていたことだろう。  これで少し距離を稼げたので、戻ってくるまでには時間があるはずだ。  そしてオレは能力発動と同時、閉まりつつあるドアの隙間からスルリと、体を部屋の中に潜り込ませのである。
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