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 部屋の間取りは記憶を抜いたときに覚えている。玄関を上がってすぐにキッチン。そしてその奥に二つ、部屋がある。その向かって左に子どもはいるはずだ。  ラッキー、と心の中で叫ぶ。左は和室なのだが、そこはふすまで分けられるようになっている。もしそれが引かれていたらと思っていたのだが、今は開いていた。  ほかに仲間はいないことは確認済みだが、それ以外のやつ、例えば猫のような動物がいたら少し困る。注意深く奥に進み、そして和室の奥、膝を抱えて小さくなっている子どもを見つけた。 「……なに!」  と、いきなり姿を見せたオレに驚いたようだったが、すぐに胸をなでおろした。犯人の仲間でないとわかったからだろう。途端に泣き顔になる。  ほんの少しだけ能力を発動。部屋の中にこいつ以外、本当に誰もいないことを確認する。  おい、逃げるぞ!  誰もいないことが再確認できたので安心して子どもに近づく。だが、そいつは膝の間に顔を埋めて動こうとしなかった。  今がチャンスなんだよ、早く来いって!  尻をつつくと「や、やめてよ」と怯えたようにうめいた。それでもつつき続けると観念したように腰を持ち上げたが、どうにも様子がおかしい。 「…………やっぱりだめだよ……怖いよ」  膝が震えて……いや、全身が震えている。ふすまは開いていたので犯人が出ていったのは見えてたはず。仲間もいないこともわかっているはずなのに、なにをそんなに怯えているのだろう。  オレは犯人の記憶の再生を始めた。こいつの記憶を取らなかったのは、今ここで恐怖心がなくなるのはまずいと思ったからだ。いや、動けないほどの恐怖心ならいっそなくしてしまったほうがいいのかもしれないが、下手すると誘拐されたことまで忘れてしまうかもしれない。  そんなことしたら逃げ出すことができなくなってしまう。  記憶の再生を続けているとこいつの恐怖の原因がわかった。あの犯人、こいつに罠をかけていたのだ。  まず犯人の二人がなにかしら理由をつけて家を出て、こいつを一人にさせる。だが実際は外に出たように見せかけて、実はドアの外で待っていたのだ。そしてこいつが逃げ出そうとドアを開けたところで、脅しをかける。単純だが、効果的だ。一回そういうところを見せておくことで、こういう状況でも逃げにくくなる。  だが。  そんなこと言ってられねえんだよ! はやく出ろって、戻ってきちまうだろ! 「い……いた! 髪を引っ張らないでよ」  髪じゃなくて、オレを払うその腕を掴んで外に引きずり出せたらどんなにいいか。  ……ダメだ。力づくでは逆効果らしい。ますます部屋の隅で小さくなってしまったそいつを尻目に、オレは部屋をでる。 「ねえ、どこいくの」と小さく呟くが、後を追ってはしてこない。オレはなるべくそいつの視界に入るようにしながら、電話を探す。だが、この家には固定電話はひかれていなかった。  だが、その代わり、犯人のものなのか携帯はひとつ、置いてあった。  オレはそれを足で掴むと、そいつの足元に落とした。 「これ、携帯……?」  それを見て、オレの言いたいことがわかったようだった。これで警察に連絡しろというのだ。 「で、でも、ぼく、この携帯の暗証番号わからないよ……」  イラッ。 「いたっ! わかった、わかったから指をつつかないで」  そいつが携帯を拾うのを待って、オレは電源を入れる。ここまではオレでもできるが、次はダメなのだ。その先は、こいつじゃないとできない。  オレは口を使って、そいつの人差し指を無理やり動かす。画面を上にスワイプさせる。  FACE IDが失敗して、暗証番号の入力画面が出てきた。 「ほら、だから暗証番号がわからないんだって!」  泣き顔のまま暗証番号の入力画面をオレに見せてくる。ひょっとしてオレが知っているのかと思っているのかもしれないが、そんなものオレだって知らない。足で画面を遠ざけると、また口で奴の人差し指を動かした。  暗証番号入力画面の左端。 『緊急』と書かれたその場所を押すと、電話番号の入力画面になった。 「え、これ……」  大体こういうのには、暗証番号を知らなくても警察や救急に連絡できるよう電話だけはかけられる機能がついているものだ。だが、それを知っていてもオレだけじゃ操作できない。 「あ、ありがとぉ…………」  イラッ。  礼なんかいいからさっさと電話しやがれ! 本当に時間がねえんだよ! 「や、やめて、だからつつかないで、わかった、わかったから」  急いで110番を押し、電話をかける。さすが警察、ワンコールで出た。 「あ、あの、助けてください、知らない人に誘拐されてぇ」  泣きながら電話する奴を見て、オレも鳴きそうになった。
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