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空色の扉が、内側につけられた鈴を揺らしてにぎやかな音をさせる。
「ただいまー。黒樹ー、祭りに行こう!」
「来客中!」
入ってきた人物に、黒樹は冷たく鋭い視線を投げかけた。
思い切り睨まれている状況であるにも関わらず、入ってきた人物は、客に挨拶をして、黒樹の後ろにある棚から自分用にコーヒーを用意した。
「楓、」
「邪魔はしません」
「全く……」
黒樹は、呆れたようにため息をついて、客の男に向き直る。
「この男のことは気にしないでいいよ。ただの同居人。さて」
黒樹の声に、それまで戸惑っていた男は、本来の目的を思い出して、表情を引き締めた。
「キミは記憶を捜してるって言ったけど、記憶喪失か何かなの?」
「いえ。実は、付き合ってる人がいるんですけど、祭に行こうって誘ったら、」
『ねぇ、覚えてる?付き合ったばかりの頃にも、お祭りに行ったよね?』
そこまで聞いて、二人は、話の顛末が予想できた。
「あー!俺もよくある!」
同情の眼差しを向けて、楓が続ける。
「“覚えてる?あのときのこと”とか言われてさぁ、焦るよなー。どれのこと?って」
「あ、いえ、それは覚えてるんです。初めて付き合った人なので、一つ一つが思い出深くて……」
恥ずかしそうに言われて、楓はいたたまれない気持ちになった。初々しい彼のような気持ちは、捜してもおそらく見つからない。
振り返った黒樹の冷たい視線が、楓の心に突き刺さる。
「楓とは違うの。邪魔しない」
「……はい」
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