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思い出
「ねぇ、覚えてる?」
「…………え?」
答えは、「YES」しかない。
この国には「闇」がある。それを手にすると、なんでも願いが叶うのだという、不思議な力が。誰も見たことも触れたこともない。
しかし、それは確かに存在するのだ。
「記憶を捜しているんです」
男は、研究生だと言った。この国にある最高学歴の学校で学ぶ学生で、研究生。
広くない室内に、丸い木のテーブルに椅子が二脚、入り口と反対側の壁に棚があり、少ないカップとコーヒーメーカーが収められていた。テーブルの上には、銅の縁飾りが施された水晶板が置かれている。
「記憶……」
興味もなさそうに、黒目黒髪の少年は繰り返した。少年の名前は黒樹といった。この家の主であり、ここで魔術を使って捜しモノの情報提供をしている。
ここは、入り組んだ路地の先にあり、なかなか見つけられない。目印は、扉の脇に付けられたランプと、扉ののぞき窓に内側からかけられた札。そこには「OPEN」「CLOSE」の文字の他に、注意書きがされている。
ー「闇」の在り処については、お答え致しません。ー
この国には、正確には、この世界には、「闇」と呼ばれる不思議な力があった。昔から語り継がれているお伽噺だが、本当に存在するのではないかと、噂されている。
それ故に、捜しモノの情報提供をするここに、開店当初、「闇」の在り処を尋ねるものが多かった。はぐらかすのも面倒で、今では札に注意書きをしているのだ。
黒樹は、一つため息をついた。
それは、客の言ってきた言葉にではない。耳慣れた音を聞きつけたからだ。
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