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九つ上のゆーさんと出会ったのは一年前。
一年に一冊、遅いと二年も三年も次の新作まで空いてしまうが、それが待ち遠しくてたまらなかった僕のお気に入りの作家さんが「藤川 志」ことゆーさんだった。
ミステリーもの、そしてオカルトものを得意とするゆーさんの小説は、淡々としていながらポエムのようにすんなりと頭に入ってくる滑らかな文章が特徴だ。
帯に「期待の新人作家」とあったから試しに読んでみたら、見事に心奪われた。
出版社からはまだ六冊しか発売されていないけれど、うち四冊は映画化やドラマ化されて話題となっている。
文章の印象から、作者はさぞかし柔和で楚々とした男性なのだろうと思っていたら何の事はない。
サイン会があると聞いて浮つきながら赴いた出版社の一階ロビーを、ゆーさんはぼんやりとした顔で灰色のスウェット姿とボサボサ頭でウロついていた。
見た目ははじめ、女性かと思った。
身なりはともかく、小柄であるし手足も小さくて、何より顔の造作が可愛らしい。
きちんとしていれば華やかになりそうなものだが、彼はずっと、ずっと、その姿なのだ。
さすがにサイン会の間はスーツを着用していたけれど、サインと握手を求めて来たファン等は皆同じことを思ったに違いない。
──この人が藤川志? 嘘でしょ?
スーツを着た彼を見て初めて、一階ロビーをウロついていた怪しい男はこの人だったんだと知った。
ただし、僕は彼を好きなわけではない。
彼の生み出す作品が好きなのだ。
そう考えると、尊敬の念を抱く気持ちが沸々とし始めて、彼の処女作『星と波』を持つ手が震えた。
順番を待つ間も、彼から視線をそらせなかった。
さらさら、と表紙裏にサインを書き、どうも、と短い会釈をしながら握手を交わすほんの十数秒。
毎日通学用鞄に「藤川志」の小説を忍ばせていた僕が、ついに本人と対面できるなんて、彼の見てくれはさておき興奮した。
そしてついに、僕の番になった。
処女作を手渡すと、彼は少しだけ躊躇を見せてから表紙を開く。
「……あ、あの……ずっとファンでした。 これからも応援しています」
サインをしている彼にそう告げると、ふと顔を上げたその唇が僕の理解の範疇を超える謎の言葉を発した。
「あぁ、うん。 見てすぐ分かったよ。 俺達は同じ星と波だからね。 三日後にまた会えるよ」
「…………え?」
「次の方~」
「え、えぇ……っ?」
スタッフの方に背中を押された僕は、彼が発した言葉を理解しようとするあまり握手を忘れていた事にあとになって気が付いた。
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