星と波

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 サイン会から三日後の早朝、僕は通学のために満員電車に乗っていた。  彼の言った意味がまるで分からなくて、柔和そうだと想像を膨らませていた「藤川志」像を打ち砕かれて困惑した。  処女作のタイトルと掛けていた意図は? 見てすぐに分かったって、何が? 住んでいる場所も知らないのに、三日後にまた会えるなんてあり得ないよね?  オカルト小説を得意とする彼から、まるで解けない秘密の暗号でも託された気分だった。  『星と波』の内容なら一文字残らずすべて頭に入っている。 彼を世に印象付けるには充分過ぎるほどの、難解なミステリーだ。  小説家とは奇なるもの。 否、奇なる「者」という事か。  問題の三日後であるその日は、曇り空。  いつ雨が降ってもおかしくないどんよりとした気候で、駅構内も満員電車内もジメジメしていてすごく嫌な感じだった。  やっと目的の駅に着いて雪崩のように電車からホームへと人が吐き出されていく、僕もその中に居た。  やれやれと首を回しながら歩いていると、何やら向こうが騒がしい。  女性の叫び声と、人だかりが出来ていて何事かと思い近寄ってみた。 「キャー! 誰か! 誰か!」 「人が倒れたぞ!」  それは大変だ……と、少々人波をかき分ける程度で事態を目撃してしまえる背の高い僕は、野次馬の中央で横たわる灰色のスウェット姿の小柄な人物を見て目を見開いた。 『三日後にまた会えるよ』  ……本当だった。 ニュアンスは少し違うのかもしれないけれど、本当に僕の前に彼が現れた。  もしかして予知したの、この事を。  オカルト好きな性分が、何かを察知したとでもいうの? 「僕、この方と知り合いです。 名前も知っています」  救急隊の方が到着し、僕は「嘘は吐いていない」と自身に言い訳をして病院まで付き添った。  診断結果は、睡眠不足による貧血。  よくよく見れば病室のベッドでスヤスヤと眠る目元には、確かにお手本のようなクマが出来ていた。  お騒がせな小説家である。  しばらくその寝顔を眺めていると、やがて目を覚ました彼が秘密の暗号を解くヒントをくれた。  しかしこれがまた、僕の頭を悩ませる事になる。 「ほらね。 言った通り」  目覚めた彼の第一声がこれだ。  早くも謎めいている。  ベッドの上で力無げに横たわった彼は、僕の尊敬する小説家であると同時に、意味不明な言葉を次々と並べ立てる不可思議な人間だと改めて認識した。 「……何がですか」 「波は打ち寄せるだけだと思うだろ? あれ引力で引っ張られてるんだよ、月から。 それを星が見てる。 幾多の星が、運命通りに生命を全うする俺らを見て笑ってるんだ。 いけ好かないよな」 「……はぁ……」 「俺が星を手繰り寄せたっていうのもあるけどね」 「……はぁ……?」  また、星と波というキーワードだ。  一体どういう意味なんだろう。  訳が分からないよ、もちろん。  ──けれど彼の発言は僕の探究心と興味を大いにそそって、意味不明だからと言って立ち去る気になどなろうはずがなかった。
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