水辺の景色

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 この異国の地で母国の雰囲気を感じるためには、それなりの準備が必要だ。  木製のミニテーブルは日本メーカーの量販品だけど、黄色い布地が見た目にも鮮やかなバタフライチェアはフランスのラフマというアウトドアブランドのもの。やっぱり座り心地は大切だからフランスのものがいい。  朝食メニューには最も簡単で最も奥の深いフランス料理、オムレツを作った。  これにレタスとヨーグルトとブルーベリージャム、それに冷凍のクロワッサンをトーストして添える。  食事はいつでもシンプルを心がけている。フランス人は洗練されてるから、余計なものを口にしないのだ。  洋服もちゃんと着替えた。  フランスのアパレルブランドagnes bのロゴ入りTシャツとギンガムチェックのシャツワンピース。  これだけでも十分素敵なんだけど、でもおしゃれにうるさいフランス女は既製品をそのまま着るなんていう野暮なことはしないと聞いたから、私もこのシャツワンピースの裾を切り取り、そこにフランスのアンティークレースを縫い付けた。切り取った布はつばの広い真っ白な帽子に巻きつけてアクセントに。更にサングラスをかければ、どこからどう見ても私は立派なパリジェンヌだ。  テーブルに敷くランチョンマットは、ベタにフランス国旗の模様のものをチョイスした。  ドリンクは大好きなレモンスカッシュにバルコニーで育てているミントの葉をちぎって浮かべる。これでセーヌ川のほとりでいただくカフェ風朝ごはんの完成。  ここは6階だから蚊の心配がいらない。私が窓を開け放つと、日光浴好きなトフチーもその小山のような体でのそのそとバルコニーに出てくる。  ラフマのバタフライチェアに深く腰を下ろした私は、切り込みを入れたクロワッサンにオムレツとレタスを挟んで即席サンドイッチを作り、ぱくりと頬張った。  その瞬間、体中に染み渡る充実感といったら! 「C’est pas mal!(あぁ、悪くないね!)」  異国の地でくたびれてしまった体に、ようやくフランスを補充することができた気分だ。  風が爽やかだった。蒸し暑い東京だけど、川辺のこのマンションには朝夕涼しい風も吹いてくる。  足元ではトフチーも朝ごはんを食べていた。サンドイッチを作るのに余ったレタスを無表情にむしゃむしゃと。いや、トフチーのご飯を私がおすそわけしてもらった感じか? 買ってきたときには直径15cmくらいだったのに、今じゃ倍以上のサイズ。食事の量も半端ない。  トフチーの寿命は大体30年くらいだそうだ。少なくともこの子が天寿を全うするまで、私はこの異国の地で暮らすことになるのだろう。  それでもいい。  心はいつでも故郷を想っている。  私の口からは、自然とLes Champs-Élysées~オー・シャンゼリゼ~の軽やかなメロディが溢れだした。  そう、ここはフランスだ。  私がどこで何をしようが誰も気にしないでいてくれる自由の国。  誰が何と言おうと、私が私のいる場所を決める。  トフチーの堅い甲羅をつま先で突っつきながら、私はセーヌ川のほとりでの優雅な朝食を存分に堪能した。  緑の生い茂る河原の向こうからは、少年野球の指導員をしているおっちゃんらの野太い声が響いていた。  私はそれでも涼しい顔でレモネードを飲み干す。溶けた氷がカランと軽やかな音を立てた。 おわり
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