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「声を探しているの」
「いきなりどうした?」
昼休みの教室で、私は親友の真知ちゃんに宣言した。彼女はパンを食べるのをやめる。そのまま、手もおろした。
「岡くん。いるでしょう」
「ああ。人魚姫ね」
人魚姫とは岡くんの裏で囁かれているあだ名だ。
彼と同じクラスになってから、一度も声を聞いたことがない。
授業の質疑応答も筆談で済ませている。
先生たちも公認の人魚姫だ。
「私は岡くんの声を聞いてみたい」
「彼女になれたら、さすがに聞けるんじゃない?」
「それは無理な話だよ。私は人魚姫に出てくる海藻どまりのポジションだから」
「海藻って」
私は王子様にもなれないし、かといって人魚姫から王子様を横取りするような、かの有名な自称介助女にもなれない。
幼稚園のお遊戯会では常に脇役だった。
猿かに合戦で雲の役だったし。
必要?雲。
「うん。やっぱり海藻どまりだわ」
「何を納得したんだ?」
「それに私、ただ声を聞きたいだけだから。真知ちゃんも聞きたいでしょう?」
「ま、ね」
私はパンをかじりながら、オレンジジュースでそれを流し込む。
「それでどうやって形のない声を探すわけ?」
「そこなんだよね。岡くんがいつから声を発していないか、わからなくてさ。もし辛い過去があるなら、傷を抉るようなマネはしたくないし」
「それは…まあ、そうだね」
と、〝声を探す〟ことは振り出しに戻る。
そのあとは軽い雑談話で盛り上がりつつ、私たちはお昼ごはんを食べ終えた。
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