人魚の声

6/9
前へ
/9ページ
次へ
放課後、こっそりと岡くんのあとをつける私たち。 ……断じてストーカーなどではない。 ひとえに岡くんの声を聞きたいがための行為なのだ。 「私は人魚姫と同じクラスになるのが二度目なの」 「そうなんだ。一年のときから声を聞いたことないの?」 「ないね。新学期ってさ、出席番号順に自己紹介するじゃん?みんな口答だったんだけど、人魚姫だけ黒板の前まで行ってチョークで事細かに自己紹介していた」 「なんか……なんて言ったらいいかわからないけど、すごいね。岡くんらしいと言えばらしいけど」 「でしょ!」 うんうん。私たちは深くうなずきあった。 「南だから言うんだけどさ。誰よりも人魚姫の声を聞きたいのは私なんだよ」 「え。それって」 「彼女になればって前に言ったでしょう?」 「うん」 「彼女になりたいのは、私なの」 隣を歩く真知ちゃんの表情は真剣そのものだ。 やだ。笑顔で、応援するよ、って言うべきところなのに言葉が出てこない。 真知ちゃんは演劇部でも役者をやることの方が多い。 演技が上手いっていうのもあるけど、何より華がある。 対して私は照明係。 嫌ってわけじゃないけど、常に裏方だ。 やっぱり、私は海藻なんだな。 「あ!」 「え。何、何?!」 「見失った」 「あれ。本当だ。いない」 さっきまで、後ろ姿が見えていたのに今は人混みのせいか見当たらない。 「あー、仕方ないか。どっか寄ってから帰ろう」 「う、うん」 ちゃんと笑えているかな? まだ、動揺している。 真知ちゃんなら岡くんにぴったりだと思う。 思うのに、その言葉が言えない。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加