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生まれる前
「ねえ、生まれる前のことおぼえてる?」
あるいは、
「お母さんのおなかの中にいたころのこと、おぼえてる?」
物心ついて言葉を使えるようになったころ――つまり2才から5才あたりの子供に、こんなことを尋ねてみると、なかなか興味深い答えが返ってくるようだ。
筆者(台上ありん)は、フィクションのホラー小説を書くばかりでなく、実話怪談の本を読むこともあるし、また、ささやかなものではあるが、自ら怪談を蒐集もしている。
人と新たに親しくなり、互いのことをそれなりに了解したころに、私は自分の趣味を明かして、
「何か、幽霊とか心霊現象とか、怖い体験したことない?」と尋ねてみる。
たいがいは、
「何にもないよ」とにべもない返事をされ、せいぜい出身地や地元の心霊スポットについて、ありきたりな話を聞かされるくらい。
ちなみに筆者自身は零感――つまり霊感がゼロ――であるため、心霊現象らしきものに遭遇したことは、一度しかない。
(その筆者の唯一体験した心霊現象については、「増えたご遺体」という作品に書いた。)
今から5年ほど前のこと。
彼女を、仮にAさんとしておこう。
Aさんは私の職場でパート勤務をしている30代のシングルマザー。10才になる娘がいる。
やはり私はAさんに、機を見て、
「怪談や怖い話のネタになるような、心霊現象を経験したことないですか?」と尋ねてみた。
それまでの私のAさんに対する印象としては、きわめて現実的で超常現象については一顧だにしないような気がしていた。しかし、返ってこういう人のほうが、面白い話を持っていたりする。
私の問いに、
「うーん、特にないけど……」と言いながら、しばし考え込むようなしぐさをした。
そしてAさんは、「怪談というのとは、ちょっと違うかもしれないけど」と言って、次のような話をした。
Aさんの娘(B子ちゃんとしておこう)が幼稚園に入って何か月か経った初夏のころ、B子ちゃんが生まれる前のことについて語り始めたという。
B子ちゃんが言うには、
「ずっと暗いプールのなかに居て、ママが呼んだから声がするほうに行ったら、明るい場所に出た」ということだった。
どうやら、胎児のころの記憶が残っているらしい。
(余談。それを聞いたとき、私は三島由紀夫の『仮面の告白』の冒頭部分を思い浮かべたが、あれはたしか生まれた直後の記憶のことだったはずなので、少し様子は異なるかもしれない。)
Aさんの言うとおり、怪談や心霊現象とはずいぶん趣きが異なる話だが、私は非常に興味深く思った。
さらに興味深いことに、Aさんが言うには、小さい子供に「生まれる前のことおぼえてる?」と聞いたら、「おぼえてる」という答えが返ってくることは、それほど珍しいことではないようだ。
独身で子供のいない私にとって、それは寝耳に水というか、なかなか衝撃的な事実だった。
その上にまた驚くことに、生まれて間もないころの記憶や、胎児のころの記憶にとどまらず、前世のこととしか思えないような内容を語りだす子供も、わずかながらいるらしい。
これは広い意味での怪談と言っても差し支えないのではあるまいか。
前世についての学術的な研究としては、『前世を記憶する子供たち』という書物がある。
はたして、子供が生まれる前のことについて語った内容が真実であるか否か、また、前世或いは輪廻転生というのがあるか否かの判断をすることは、私の手に余る。
ここでは、母親が子供に「生まれる前のことおぼえてる?」と尋ねたとき、どんな答えが返ってきたのか、私が蒐集したいくつかの事例を提示するにとどめ、その判断は読者に委ねたい。
ちなみに本作品は「ノンフィクション」に分類すべきなのかもしれないが、プライバシーへの配慮から一部改変しているため、基本的にフィクションとして読んでいただきたい。
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