1510人が本棚に入れています
本棚に追加
29話
和暁と飲みに行った翌週末、初めて由香の家に泊まることになった。
あれ以来泊まるのは俺の家ばかりで、由香の家に泊まった事は未だに無い。
泊まりたいと言っても、狭いし古いからと断られる事数回。
結局、1度ぐらいは恋人の家に泊まりたいという俺の希望を、由香が叶えてくれることになった。
「週末の事だが、金曜日にそのまま行っても良いか?」
「そのままですか?」
「そう。仕事が終わったら外で食べて、そのまま由香の家に行く。その方が長く一緒に居られるだろ。」
「…そうですね。じゃあ、そうしましょうか。」
照れるような事を言ったつもりは無いが、由香の顔がほんのりと赤くなっている。
「久しぶりですね。2人で外食するの。」
確かにそうかもしれない。
「最近は由香が作ってくれることが多いから、外食自体減ってるもんな。感謝してる。」
「お礼言われる程大した物は作ってないですけどね。」
「そんなことない。」
あの家に引き取られてからずっと、家で誰かと一緒に食事したことなんて殆ど無かった。
俺にとっては、家で誰かが作った料理を一緒に食べる事そのものが特別な事だ。
ーーいや、違うな。
誰かじゃない。
「由香だから、特別なんだ。」
「特別?」
俺の言葉の意味が分からずに不思議そうにしている由香を、腕の中に掴まえる。
「どうしたんですか?」
「ん?ちょっと抱きしめたくなった。」
「…会社の屋上ですよ?」
「誰も来ないのは由香も知ってるだろ。」
毎日昼の時間を屋上で過ごしているが、誰かが来た事はただの一度も無い。
「なあ、由香。」
「はい?」
「…金曜日、楽しみだな。」
「ふふっ…そんなに家に泊まりたかったんですか?」
まあ、俺が言っているのはそれだけじゃないけどな。
「…楽しみでもあるし、不安でもあるか。」
「え?今何て言いました?」
「由香の家に泊まるのが楽しみだって言った。」
「あ、その言い方絶対違う事言いましたね?」
「さあ、どうだろうな。」
「もう。」
教えてもらえないと分かったからか、腕の中で少し拗ねている気配がする。
それを宥めるように、抱きしめたまましばらく頭を撫でていた。
最初のコメントを投稿しよう!