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ベッドで由香を抱きしめながら、俺はある事をずっと考えていた。
由香と付き合い始めてから、ずっとどうするか悩んでいた事だ。
後ろめたさから出来れば言いたくないと思っていたが、これからも由香とこうしていたいなら、やっぱり隠すべきじゃないのかもしれない。
「…なあ、由香。」
「はい?」
「今から言う事を、怒らずに聞いてくれるか?」
「怒るような事なんですか?」
「…正直分からない。」
分からないが、言うのは怖い。
タイミングとしても今が相応しいかは分からない。
でも今言わないと、ずっと後ろめたさを感じたまま言えなくなる気がする。
「…分かりました。ちゃんと聞くので、話してください。」
「…由香と初めて食事に行った時に、和暁の噂の事を話したの覚えてるか?」
「噂って、2人の結婚が偽装だっていうあれですか?」
「そう、それ。…俺は、噂を流したのは由香じゃないかと疑ってたんだ。だから、由香に近付いて食事に誘った。ああいう店なら、本音をポロっと出すかもしれないと思ったんだ。隠してて…疑って悪かった。」
「…何だ、そんな事ですか?もっととんでも無いこと言われるのかと思って、ドキドキしちゃいましたよ。」
顔を上げた由香の笑顔に、心底驚いた。
「怒らないのか?俺は由香を疑っていたから近付いたんだぞ?」
「怒りませんよ。だって、何となく分かってましたから。」
「は…?」
あまりの衝撃に俺の方が固まってしまった。
「急に噂の事を話題にするから、もしかしてって思ってました。結城さん、ずっと何かを探るような目をしてましたし。知亜希と仲が良かった上に契約の事も知っていたので、疑われても仕方ないって思ってました。」
「そうだったのか…」
「もしかして、ずっと気にしてたんですか?」
「ああ。」
由香への気持ちは本物だと胸を張って言えるが、由香に近付いた理由については後ろめたさがずっとあった。
まさか気付かれていたなんて思ってもなかったが。
「そりゃあ少しはショックでしたけど、怒ったりしませんよ。最初はそうだったとしても、今は違うんでしょう?」
「当たり前だろ。疑う気持ちなんて微塵もない。」
「だったら、結城さんに疑われなかったらこうなってないって事なので、逆に良かったって思います。」
「由香…」
堪らなくなって、由香を自分の上に引っ張り上げて抱きしめる。
「結城さん、重いですよ。」
「重くない。いいから、しばらくこのままじっとしてろ。」
焦って下りようとする由香を、きつく抱きしめる。
今はとにかく、由香の温度を全身で感じたい。
逆に良かったなんて、そんな風に返してもらえるとは思っていなかった。
どんどん由香を手離せない気持ちが強くなっていく。
「…あの噂、本当に誰が流したんでしょうね。」
「さあな。悪意があったのは間違いないが、今となっては無駄だったな。」
あれだけ式や披露宴の間に、嫁が大好きだとアピールしていたんだ。
今日のあいつらを見てあの噂を信じる奴はいないだろう。
「…そういえば、受け取ったブーケは家に置いて来たのか?」
「はい。花瓶に飾ってきました。」
結婚式でよくあるブーケトスで投げられた花束は、真っ直ぐに由香の所に納まった。
恐らくは嫁が由香を狙って投げたんだろう。
完璧なまでに由香に一直線だったからな。
「…2人とも、本当に幸せそうでしたね。」
「そうだな。」
ブーケを受け取った女性が次の花嫁に…というのは、有名な噂のはずだ。
それが本当かどうかは置いておいても、気にしない女性は少ないだろう。
でもこの時の由香の表情からは、ジンクスを意識しているかどうかは読み取れなかった。
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