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金曜日の夜、車を近くの駐車場に停めて予約しておいた店の前まで歩いて行くと、由香が驚いた表情になった。
「ここですか…?」
「そう、ここ。」
連れてきたのは、ル・プルミールという由香と最初に来た店。
ちょっと戸惑っている由香の手を引いて店に入った。
個室に案内され席に着くと、やっぱり落ち着かないのかきょろきょろしている。
見覚えのあり過ぎる姿に、あの日の事を思い出して懐かしくなった。
あれが無ければ、俺と由香がこうしていることは無かったんだろう。
そう思えば、あんな馬鹿な噂を流した専務の事も少しだけ許したくなった。
奥島は無理だが。
しばらくして、運ばれてきた料理を食べ進める内に落ち着いてきたのか、由香が疑問の言葉を口にした。
「何で今日はここに来たんですか?」
「ん?そうだな…今日が特別な日だからだな。」
「特別な日?今日って何かありましたっけ?」
「いや、正確には特別になる日、か。」
それを聞いて、ますます意味が分からないという表情になった由香の前に、綺麗にラッピングされた1つの箱を置いた。
「何ですか?」
「開けたら分かる。」
戸惑いながら、手に取った箱のリボンを解いていく由香の前に現れたのは、深いネイビーのビロードの箱。
「え…?」
明らかに動揺しているのが分かった。
中身を見た時に、それがどう変わるのかを確かめるようにずっと彼女を見つめ続ける。
「中は見ないのか?」
手が止まったままの彼女を促すと、恐る恐るといった感じで箱を開け始めた。
「これ…!」
中を確認した瞬間、驚きを隠せない表情で俺を見た由香の手の中にあるのは、数日前に買った指輪。
女性に指輪を贈るのも、あんなに色々悩んだのも初めてだった。
「…結婚して欲しいんだ。俺と。」
「本気ですか…?」
「冗談でこんな物用意して、ここへ連れて来ると思うか?」
「…いいえ。」
「俺は、結婚するなら由香がいい。一生傍に居て欲しいのは、由香だけなんだ。」
「結城さん…」
「由香は…?」
俺の問いかけに呼応するように、由香の目に涙が溜まっていくのが見える。
「私も…結城さんの傍にずっと居たいです…」
「じゃあ、俺と結婚してくれるか?」
「…私で良ければ、末永くよろしくお願いします…っ」
堪えきれなくなったのか、笑顔で涙を溢し始める。
泣いている所をウェイターに見られたら勘違いされそうだと思いながら、由香の席まで行き箱を受け取った。
「左手出して、由香。」
箱から出した指輪を、差し出された左手の薬指に嵌めこむ。
サイズもピッタリだった様で一安心していると、手を握ったままの俺の手に透明な水滴が落ちてきた。
さっきまでは泣き笑いだったのに、今は感極まっているのか完全に泣いている。
「そんなに泣いてたら、キスするぞ。」
「だってっ…こんなの…思って無かったから…」
「…俺も、泣きそう。」
「え…?」
「不安だったからな。由香がプロポーズを受けてくれるかどうか。」
和暁にはああ言ったけど、不安にならないわけがない。
「…ふふっ…2人で泣いてたら、お店の人に変に思われそうですね。」
「…そうだな。」
やっとまた笑ってくれたことにホッとする。
自分の席に戻る前に、前髪越しのおでこに軽くキスをすると、由香が幸せそうに笑ってくれたのが見えた。
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