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30話
食事を終えて、真っ直ぐにやってきた由香の家。
由香も落ち着かないようだが、俺も少し落ち着かない気分だった。
女性の部屋に入るのは、これが初めてだ。
玄関前で一瞬間を置いた後、彼女の手でゆっくりとドアが開けられる。
「…どうぞ。狭いので、足元気を付けてくださいね。」
「…お邪魔します。」
玄関に入ると、微かに由香の香りがした。
1Kの部屋は確かに広くは無いが、彼女が言うほど狭くも無いし古くも無い。
淡い色調でまとめられていて、女性らしい部屋だと思う。
俺の無機質な部屋とは違って、ここできちんと生活しているという感じがする。
「何か飲みますか?」
「いや、今はいい。それよりもこっち来いよ、由香。」
少し離れた所で所在無さ気に佇む彼女を呼ぶと、僅かな間を置いて近づいて来た。
「掴まえた。」
手が届く距離まで来た所で、一気に引き寄せて抱きしめる。
由香の温もりを感じて、全身の力が抜ける程安心した。
「…プロポーズ、受けてくれて嬉しかった。」
「私こそ…プロポーズしてもらえて嬉しかったです。まさか結城さんがそんな事考えてると思って無かったから。」
「…なあ、由香。ずっと気になってたんだが…そろそろ、その結城さんっていうの止めないか?」
「え?」
「その内由香も結城になるのに、変だろ?」
「それは、そうですけど…」
じゃあ、どう呼べば?と言う由香に、慎也と呼べばいいと言うと大きく頭を振られた。
「それ以外ないだろ?」
「呼び捨ては…無理です。」
「夫婦になるのに?」
「だって結城さん年上ですし…」
そこで年齢を気にするのか。
「…慎也さんじゃ、駄目ですか?」
「由香がそれが呼びやすいなら、それでいい。」
「じゃあ…今度からはそう呼びますね。」
「…今呼んで。」
「今ですか?」
「そう、今。」
由香の顔を覗き込みながら頼んだら、恥ずかしそうに顔を逸らしながら、小さな声で”慎也さん”と呼ぶのが聞こえてきた。
今まで女には、こちらが何かを言う前に慎也だの慎也君だのと呼ばれてきたが、名前を呼ばれたからといって特段何も感じた事は無かった。
だが、由香に名前を呼ばれるのは、何とも言えない喜びがある。
「…由香、俺の方向いて。」
照れているせいか中々こちらを向こうとしない由香に焦れて、両手で顔をこちらに向けた後、彼女の唇に自分のそれを重ねた。
「…んっ…ふ…」
「由香…愛してる…」
「んぅ…」
何度も何度も唇を重ねながら、名前を呼んで愛してると言葉にする。
こんなに彼女を想うようになるなんて、昔の俺が聞いても多分信じないだろう。
由香と屋上で初めて顔を合わせた時、彼女は俺にとって居ても居なくてもどっちでもいい存在だった。
それが今では、傍に居ないと駄目な存在になっている。
きっと、由香が俺の前から居なくなったら生きていけない。
そう思えるほどに。
もしかしたら、あの店で由香の無邪気な笑顔を見た時に一目惚れしたんじゃないかと、最近ではそう思い始めていた。
「ん…はあっ…結城さん、もう…」
「由香。呼び方が違うだろ。」
「…?あ…慎也さん…」
「…正解。」
もう1度軽くキスをしてから、力が抜けている彼女を抱き上げた。
「えっ…あの…!」
「力が入らないんだろ。どの道立ったままなんて由香が辛くなるし、ベッドに運んでやる。」
「立ったままって…」
「由香がそっちがいいなら、立ったまま可愛がってやるけどな。」
「なっ…」
ただでさえ上気していた頬が更に赤みを増した。
それを隠す様に、俺の胸元に顔を埋める姿が可愛くて仕方がない。
「嘘だから安心しろ。ベッドの方が由香をいっぱい可愛がってやれるし、そっちの方が顔を見れるからいい。」
言いながら由香をベッドの上に優しく寝かせると、潤んだ目で睨むように見られていた。
あまりにも恥ずかしい事を言われ過ぎたせいだろう。
その表情が今の俺にとっては逆効果だという事には気付いていないらしい。
「そんな顔してたら、今夜はずっと離してやれなくなるぞ。」
「え?」
「まあ、元々今夜は離してやるつもりは無いがな。」
「あっ…待って…」
「待たない。」
首元に唇を落としながら、服をどんどん脱がせていく。
耳だけじゃなく首も弱い由香は、体に力が入っていない。
「んあっ…結城さ…」
「由香、違う。慎也だろ。」
「あっ…ふっ…慎也さんっ…」
「ん…次から間違える度にキスマーク付けるから。体が痕だらけになる前に呼び慣れないとな、由香。」
「あうっ…」
素肌に触れながらの宣言は、由香に聞こえているのかいないのか。
既に呼吸が乱れ始めている由香に誘われるように、体を重ね合わせた。
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