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32話
もう由香の実家へ行く前日だというのに、俺は未だに頭を悩ませていた。
当然ながら結婚の挨拶なんてした事も無い俺は、数日前からあれこれと考えを巡らせているが、今日になってもまだまとまらずにいる。
由香曰く、母親も妹も喜んでいたという事だったが、だからと言ってちゃんとしなくていい理由にはならないからな。
何とか無難そうな答えを出し、翌朝約束の時間に間に合うように車を走らせると、見慣れた景色の中に2人の人影が見えてきた。
彼女の弟と顔を合わせるのはこれが2度目だ。
今俺が由香とこうしていられるのは、偏に彼のお陰だろうな。
「おはよう。」
「おはようございます。」
「…おはようございます。」
落ち着かない様子の彼は、少し目を泳がせた後俺を見つめてきた。
「あの…本当に俺も一緒に帰っていいんですか?」
「え?」
どういう意味だ?
月命日にはいつも一緒に帰っていると聞いていたが。
「誠也が、俺邪魔じゃないのって気にしてるみたいで。」
「邪魔?」
「…弟がくっついて帰るのってどうなんだろうと思って。しかも結婚の挨拶なんですよね、今日。それなら尚更、2人で色々話したい事とかあるんじゃないかと…」
「…ふっ…くくっ…」
突然笑い出した俺を見て、2人はキョトンとよく似た表情になった。
「慎也さん…どうかしました?」
「いや…悪い。由香と似てるなと思っただけだ。」
「私と?」
「そう。流石姉弟だな。」
「そうですか…?」
顔を見合わせて同じように首を捻っている姿は、本当にそっくりだ。
「さっきの話だが…邪魔だなんて思わないよ。君は近々俺の義弟になるんだ。聞かれて困るような話も無いし、遠慮する必要なんて無い。気を使わなくていい。」
「…そうですか。」
照れ臭そうに笑う姿が、微笑ましい。
男の照れている姿なんて見ても普段なら面白くも何とも無いが、自分の義弟になると思うと彼だけは例外だった。
…弟か。
一応俺にも、戸籍上は腹違いの弟がいる。
半分血が繋がってるとはいえ、会うつもりが無い弟。
今はもう中学生になっているはずだ。
再婚した女と上手くいっていれば、俺のようにはならずに済むだろうが…
「慎也さん?」
「あ…悪い。ちょっと考え事してた。そろそろ行かないとな。」
2人が助手席と後部座席に乗るのを見てから、俺も乗車する。
ナビに目的地を入力して、自分の気持ちを落ち着けるようにゆっくり車を出発させた。
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