10話

1/1
1072人が本棚に入れています
本棚に追加
/51ページ

10話

旅館に到着し部屋に入ると、和室独特の匂いがする。 「慎也と同室に泊まるのは、高校の修学旅行以来だな。」 「あ〜…そうかもな。」 旅館に着いてみたら、何故か俺は和暁と同室だった。 和暁自ら同室でいいと言ったらしい。 社長なら一部屋使えよ。 俺が嫌だ。 …というか、よくそんな事覚えてたな。 「まあお前は、女の部屋に行ってて戻ってくるのは朝だったがな。」 本当によく覚えているようで、ある意味感心する。 もう20年近く前のことだぞ? 普通覚えてねえだろ。 「そんなことより…和暁、さっきの詳しく話せよ。」 「さっきの?…ああ、ミッションの事か?」 「そうだよそれ。何だよミッションって。」 「その前に1つ確認していいか?」 「何だよ。」 「お前が三好由香について調べようとするのはどうしてだ?」 「は?どうしたんだよ今更。そんなの噂を流したのが彼女かどうか知りたいからに決まってるだろ。」 「まだ彼女が噂を流したと思ってるのか?」 「それは…」 「…俺には、彼女じゃないことを証明したがっているように見えるんだが。」 彼女じゃないことを証明したがってる…? 「どういう意味だよ。」 「お前は彼女の事を信じたいんだろう?だから、彼女じゃないと自分が納得出来るものが欲しいんじゃないのか?」 「…そんなんじゃねえよ。」 俺はただ、本当の事が知りたいだけだ。 あの女を信じたいとか、そういうのじゃない。 …そのはずなのに、和暁の言葉に動揺してる気がするのは何でなんだ。 「…お前は、何でそう思ったんだ?」 「ん?」 「何で俺が、彼女の事を信じたいんじゃないかと思った?」 「出張先で、お前と久しぶりに2人で飲んだ日の事を覚えてるか?」 「ああ。」 和暁と2人だけで飲む事は最近滅多に無かったが、あの日は珍しく和暁の方から誘ってきた。 「飲みながらこの件の話になった時、もう放っておいてもいいんじゃないかと言い出したよな。」 「ああ。それが?」 「なのにお前はその後も、ずっと彼女の話をしていた。放っておけと言った癖にだ。社内の評価はどうだの、いつも屋上で花を眺めてるだの、彼女は、彼女がとくどい程にな。」 「…俺、そんな話してたか?」 「ああ。噂について1番疑わしいと言いながら、彼女がそんな事をするようには思えないという内容ばかりずっと言っていた。だから、お前は本当は彼女の事を信じたいんだろうなと思ったんだ。」 彼女の事を信じたい…? 俺が? 俺は彼女を疑っているはずだが… 「お前が愛を信じてないのも、信じたところで裏切られると思っているのも知っている。でもな、女に不信感を持っていた俺に、愛する女性が出来たんだ。俺はお前にもそういう相手が出来ると思ってる。」 「…それが、三好由香だとでも言うのか?」 「それを決めるのはお前だ。お前が彼女をそうだと思うならそうなんだろう。」 俺が、彼女をそうだと思うなら… …やっぱり分かんねえ。 「…慎也、とりあえずお前へのミッションは、この後の宴会を三好由香と2人で抜け出すことだ。」 「はあ?抜け出してどうしろって言うんだよ。」 「2人で散歩でもすればいいだろう。卓球台もあるって話だったぞ。」 散歩に卓球って… 「…予約制の混浴風呂もあるらしいぞ。」 「入るわけねえだろ。」 「女に手を出すのは得意じゃ無かったか?」 「彼女にそんな事しねえよ。」 「何でだ?」 「それは……会社の人間に手は出さないって決めてるからだ。」 「ふっ…まあ、今はそういう事にしといてやる。」 そう言って、和暁は部屋から出て行った。 財布を持っていたから、嫁への土産でも選びに行ったんだろう。 …さっき和暁に、手を出さないのは何でか聞かれた時、今そんな事したら後悔するって言いそうだった。 後悔するって何だよ。 会社の人間だと面倒な事になるからか? …いや、違うな。 あの瞬間俺の頭に浮かんだのは、悲しそうにしている彼女だった。 咄嗟に俺は、そんな顔を見たくないと思ったんだ。 彼女はきっと、俺と違って好きでもない相手と体を重ねたりはしない。 だから、彼女に今手は出せない。 俺が見たいのは、あんな顔じゃなくて… 「あーあ…あいつがあんな事言うから…どうすんだよこれ…」 この気持ちが恋愛感情と呼べるのかは分からない。 だけど確かに、彼女に対して特別な感情が生まれているようだった。
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!