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フッと目を開けて上体を起こす。頭がボーっとしていた。あまり休めた気がしない。
大きくあくびをしながら何気なく窓の方を見て、一気に頭が覚醒した。
外が明るい。時計を見ると針は八時を指していた。体感的に一時間くらいしか眠っていないはずなのに、しっかりと爆睡してしまっていたようだ。
椎名は慌てて外へ飛び出し、乾の家に向かった。
走ったためか、行きとは違い十数分ほどで乾のアパートに到着した。夜間の時にはわからなかったが、外壁はかなりボロボロでもう何年も人の手入れなんてされていないような、うらぶれた建物だった。
朝だがアパートのどこにも人の気配はない。103号室の前に立ち、そっと耳を澄ませる。中からガサゴソと音が聞こえてきた。
親が帰って来ているのだろう。きっと血だらけの我が子を見て驚いたに違いない。椎名はもう一度、殴られる覚悟を決めてチャイムを鳴らそうと腕を伸ばした。
その時だ。ドアノブが回り、ガコンッと向こう側で扉に何かが衝突するような音がした。椎名が驚き動きを止めると、中から少女の声がする。
「あれー? なんで鍵閉まってるんだろ」
それは紛れもなく乾の声だった。いや、もしかすると妹か姉かもしれない。あれだけの怪我を負って、一晩で動けるわけが──
固まる椎名の前で鍵の開く音が響き、扉が勢いよく開かれる。
「うわっと!」
扉に衝突しそうになるのを間一髪で避けると、出てきた乾が椎名を見て目を丸くした。
数秒間の沈黙を挟んで、乾が言った。
「どうして佐久間くんがここにいるの?」
その質問に、椎名は咄嗟に答えることができなかった。完全に回復している彼女の、信じられない姿を見て、しどろもどろに口を開くのがやっとだった。
「いや、君のことが心配で……というか、どうして動けてるんだ?」
ぱっと見で彼女に異常は見当たらない。長袖の制服を着ているため体部分はわからないが、少なくとも首から上の傷はなくなっている。
そもそも大傷を負っていたのかさえ怪しいくらいに、首と顔は綺麗な素肌を晒していた。
驚きを隠せない椎名に、乾は得意げな表情を浮かべて言った。
「一晩寝たら治ったよ」
「いやいやいやいや、あり得ないって! 車に轢かれたんだぞ? それともなんだ、やっぱり昨日のあれは夢だったのか……?」
後半は独り言のようになってしまったが、乾はしっかりと首を横に振った。
「んーん、昨日の街での出来事は全部現実だよ。ほら、怪我も一応残ってるし」
そう言って乾は左腕の袖を捲った。露になった腕には、血は止まっているものの痛々しい傷跡が残っている。
「これも、何日かしたら消えるけどね」
朗らかな笑顔で言い放つ乾に、椎名はどう反応していいかわからなかった。激しい困惑を覚えたが、恐怖や気持ち悪い、といった感情は不思議と湧いてこなかった。
とにかく、彼女の件や昨夜の出来事について深く考えるのはやめにしておいた。これ以上は頭が痛くなりそうだったから。
今は彼女が無事なことを喜ぼう。そう思い直し、椎名は出来る限りの笑顔を浮かべて言った。
「まあ、大丈夫そうで何よりだよ。俺は最悪、君の親御さんに殴られるのを覚悟してた」
軽い冗談のつもりで言った言葉に、乾は扉を開けた時と同様、驚いたように目を見開いた。
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