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「どうかしたのか」
何かまずいことを言ってしまっただろうか。不安を抱く椎名に対し乾が先ほどまでとは打って変わって、おずおずと口を開く。
「んーん、私のことで、びっくりしないのかな、って」
「そりゃぁ、まあ、びっくりはしたけど、まだ半信半疑というか」
「私のこと、気持ち悪いと思わないの?」
「それは思わないかな」
ポロっと、自然に口から言葉が零れ出た。
乾は信じられないものを見るような視線を向けてくるので、椎名は慌てて付け加える。
「そもそも傷はそれほど深くなかったのかもしれないじゃないか。確かに血は、たくさん出てたけど、実は大したことなかった、ってのはよくある話だろ?」
自分でも苦しい言い訳だと思う。あれは明らかに一晩で治る怪我ではなかった。けれど椎名としてはそんな事実を認めたくない、というのが本音だった。
けれど一つだけ、確かなことはある。
佐久間はにっ、と笑顔を向けた。
「それに、身を挺して助けてくれた相手を気持ち悪いなんて思わないよ」
椎名の言い分に納得したのか、乾は何度か頷き、嬉しそうに笑った。
「そうだね。私は佐久間くんの命の恩人だもんね」
「いや、そこまでは言ってないけど……」
椎名の苦言は耳に届いていないようで、乾は横をすり抜け道を歩いて行った。少し先まで行った所で立ち止まり、振り向かずに彼女は言った。
「ねぇ、佐久間くん。恩人から一つ、お願いがあるんだけど」
「……なんだ? 俺にできることなら」
若干の警戒を孕みながら尋ね返すと、乾は肩越しに振り返った。
「私と、友達になってくれないかな」
思いがけないお願いに面食らう。
本心ではこれ以上、この少女と関わるのは危険だと思っている。だが、気づけば椎名は頷いていた。
「あぁ、もちろん。いいよ」
「よかった。じゃあ、これからよろしくね。佐久間くん」
椎名はこの時まだ、深く、暗い世界に足を踏み入れたことに気が付いてはいなかった。
これから起こるであろう波乱など考えもせず、ただ満面の笑みを浮かべる乾に笑い返した。
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